
作品タイトル
無期受刑者の挑戦パート1 起動
作者
荒野雄光
作品ジャンル
日記
展示年
2026
応募部門
府中刑務所アート展2026
作品説明
松本少年刑務所にある日本で唯一の塀の中の中学校、松本市立旭町中学校桐分校に入学した著者66歳の桐分校生徒と、50代の担任教官の1年間に渉る魂の交換日記です。
作品本文
【運営より】原稿用紙に手書きされた原本の全ページ(表紙を含む101ページ)をスキャンしたPDFと、その全文を文字に起こしたテキストを掲載しています。テキスト版では、担任の先生が青ペンで書き込んだ返信を「担任より」として本文と区別しています。
Skip to PDF contentはじめに
2021年3月24日、松本少年刑務所にある旭町中学校桐分校入学のために宮城から松本へと移送される。66歳の春でした。
桐分校を目指すきっかけは、自分の無知と世間知らずだったことを内省し、学び直しや生き直そうと決心したからです。
私の直すことは、改めるや誤りを正すほうの直すに重きを置きますので、今までの考え方から脱却することで新たな気付きや発見によって視野を広げたいと思っています。
桐分校での決意
今年度の桐分校生徒数は4人と伺いましたのでその4人で協力し、これからの1年間を勉学に励み、努力して共通の目標に向って歩んで行く所存です。
私を送り出してくださった宮城の方々や、選んでくださった桐分校関係者の方々の皆様には心より感謝致しております。皆様の期待に応えられるよう一所懸命に励みます。
あした
澄風の中で 見上げる空が
こんなにも 広く 深く
やさしく 包んでくれる
青い空と 白く聳え立った
北アルプスの 山々が
この僕に 勇気と希望を
豊かに 与えてくれる
過去に犯した 数々の
罪を 風に流されて
もう一度 始めから
やり直せないだろうか
桐分校の 清き学び舎で
今を 精一杯に生きたい
光かがやく 明日のために
夢と希望の あしたのために
4月8日(木)
今日、4人揃っての初日で、桐分校の時間割と流れ、心構え等についての訓示を受けましたが、正直言って自分の考えがとんでもなく甘いことに気付いた1日だった。
過去26年間の懲役生活が、どれ程半端な生活だったかを思い知らされました。
担任は私達4人に、日本一の受刑者になれと言うけれど、そんな大それた考えで桐分校に来た訳ではなく、ただ中学校からやり直したいという軽い気持ちで応募したのですが…しかし、来てしまってからでは何を言っても始まりません。自分が希望して来たのだからやるしか道は無いと覚悟を決めるしかありません。でないと私達4人の為に働きかけてくださった方々や、支援してくれている皆様に対して面目が立ちません。
桐分校の入学式をビデオで観させて頂きましたが、私達4人の為に大勢の方々が動き、お金をかけ、時間をかけて応援してくださるお姿を拝見した時、この方々に失望させてはいけないと心から思いました。
卒業までの道程は大変だと思いますし、今始まったばかりですが、担任先生の言うように愚直になってやれるように頑張るしか道はないので、バカ正直に何事にも挑戦して一生懸命に勉学に励みたいと思います。
担任より
日本で、世界で、分校生となれたのは、君たち4名だけです。
今までが半端だったとしても、それはOKです。今から、今日から本気で“愚直„を続けましょう! 桐分校へ ようこそ!!
○自ら希望し、ここにいることを忘れない。
○日本一の受刑者であること。
○このチャンスを必ずものにする。
○決してあきらめないこと。
○愚直であり続けること。
できない自分を責めなくていい。
しかし、やろうとしない自分は、
絶対に許すな!
4月9日(金)
今日は桐分校の年間計画(予定)を教えて頂いた。中間テストや期末テストは想定内でしたが、桐分校の教室での授業日数が約、210日しかないと聞かされた時、それしか無いのかと思い、大丈夫かと不安になりました。
つまり、155日の休日の使い方がとても大切だと思うし、210日の夜の時間を有効活用してやらないと、3年分の勉強をするのは思った以上に大変なことなのだと思いました。
一方、安心できる面もあったのは、桐分校主任を始め、桐分校担任、教官、担当、教育指導員の方々の熱意が、担任先生の紹介で直に伝わって来たのでやる気が湧きました。
多くの熱意ある先生方が教えてくださるのですから、私達も頑張るしかありません。
毎朝歌う「旭町中学校桐分校の歌」を歌って分校生4人の気持ちをひとつにして、「さあ、やろう」という意気込みで気合いを入れて、剛・愛・聡を胸に向上心を持って歩んで行こうと思います。
○剛 ごう ──たくましさ
誘惑に負けない強い心
○愛 あい ──やさしさ
他人に優しく人の話に耳を傾ける
○聡 そう ──かしこさ
善悪の判断が自分でできる
(剛愛聡は旭町中学校桐分校の校訓です)。
担任より
どんな状況でも、やるべきこと、やれることを最大限やるしかない。それが出来れば充分だからね。不安があって当然。不安を打ち消せるのは努力している時間だけだからね。ひたすら愚直に取り組み続けよう!
4月12日(月)
今日は国語の先生に学習のコツを伝授して頂いた。国語(言語)を知らないと始まらないと思い、最優先で国語に全力投球をしようと考えました。
勿論数学や英語、理科、社会も大切な授業なので手抜きをするつもりは全くありませんが、道徳や美術、音楽、技術家庭、保健体育等、全て前向きに取組みますが、国語が全ての教科のベースなので、言葉や言葉の意味が分らなくては使えないし、他人にも伝えられないので、やはり国語は大事だと思います。
社会・技術担当の先生にパソコンも使用できると教えられ、ワードやエクセル、パワーポイントというソフトも勉強できるようなので、とても楽しみです。
これまでに心に残った言葉は、「気付いた時が始まり」です。
人間は年齢に関係なく、死ぬまで勉強なのですから何か他のせいにせずに気付いた所から始めようと思いました。
学習のコツについては、各先生方の意見を参考にして自分のやりいいように作っていければと考えていますが、急いでルーティンを決めることもないと思い、自分なりに4月中には決められるようにするつもりです。
私が桐分校に入学した訳は、中学校のやり直しと生き直しのためなので、過去をふり返って内省することも大切ですが、今の自分には1年間の学びごとや中間テスト、期末テストをどう対処するかで胸一杯ですが、気付きと今自分が出来ることを見つけて一生懸命に頑張ろうと思っています。
担任より
国語がすべての基本、ベースになります。とても重要。人間、いつかは老いて死んでいくけれど、老いを理由にやりたいこと、やるべきことから逃げるのはお互い謹もう!笑。
4月13日(火)
今日から授業が始まり、体育では自分の体の「カタサ」に驚きました。先生は続ければ柔らかくなるとおっしゃいますが、自分ではちょっと無理筋かなと思いましたが、だまされたつもりでやり続けてみようと思います。
理科の先生はおもしろおかしくお話しして下さいましたが、自分自身の自己紹介した時には不覚にも感極まってしまい、過去の自分の情ない姿を思い浮かべてしまいました。
理科の先生や他の先生方も私たち分校生のことを思って教えて下さっているので、その期待に応えるにはどうすれば良いのかを考えて行動しようと思いました。
数学の先生も英語の先生も、共に情熱家で教え方がうまくてお話しも巧みなので私たちも話に引き込まれて楽しく学べています。
本当のことを言いますと、数学と英語はとても苦手でして、ついて行けないかも知れないと不安マックスでしたが、級友3人も私と同じような感じでしたので、もしかして何とかなるかも、と思いはじめています。
が、私は本当に覚えが悪くて不安要素ばかり先行していますけど、まずは宿題を最優先にするつもりです。
今から英語の宿題をして、時間があれば漢字の練習をする予定です。
目標を持って桐分校に来たのですから、やはり男として目標を達成することが自分自身の自信になりますし、これから生きて行く上での財産になると思っています。
今日はこの辺で終わります。
担任より
だまされたつもりでやってみてください。
勉強も同じこと。その人が無理と思えば、その時点で無理になる。諦めずに続けたならば、たとえ時間がかかっても、目標や目的に近づいていく!
4月14日(水)
教室へ入るときは毎日が新鮮で、今日も頑張るぞという勇気と希望が湧いて来ます。
何故かと言うと1番始めに保健体育があるからです。アルプス体操には正直手を焼いていますが、体を動かすことの好きな私にはとても楽しみであり、次は何をするのかと毎日ワクワクしているのです。
ソフトボールも卓球も好きなので、早く教えてくれないかなと待っています。
今日は音楽がありましたが、とても楽しく歌えました。歌を聴いたり歌ったりすることが大好きなので、音楽は無理なく過ごせそうで助かっています。
理科も植物や動物のことが種々と理解できて面白く興味深くやっていけそうです。
社会、本日は地理を教えて頂きましたが、地球や宇宙のことも学ぶので夢が広がります。
国語はやはりすべての学びの基本なので、毎日の日記を書くことに今は苦労していますが、いずれはスラスラと書けるようになりたいと思っています。
総括すると中学校の勉強はとても楽しいということを体感しました。50数年前に現在のような気持ちを持って中学校へ行っていたらと考えますと、自分の愚かさや浅はかだった少年時代が悔やまれます。
しかし、現在そのことに気付いたことを良しとして今後に活かし、人に学び人に気付かせて頂きながら、級友と共に協力して4人で気付きや発見、さらなる成長につながるよう勉学に励みたいと思います。
担任より
今からでも遅くはないよ、気付いた時、思った時が始め時。知る、ということに喜びを感じるようになれば、桐分校の1年間がどんなに大変でも、耐えられるからね。
4月15日(木)
今週の月曜日から木曜日の今日までに生活の流れを確認しつつ、教えられたり注意されながら過ごして感じたことは、自分の体力の衰えを思い知ったことです。
今の状態でどこまでやれるのかという思いもあって、自分の現状を冷静に見ているもうひとりの自分が居ます。多少辛い思いはしてもそれを楽しめることで1歩前進出来る気がしています。
分校生4人で協力し、助け合って目標に向かうという気持ちが、分校生だけではなく先生方や桐分校関係者全員から感じられるので、先生方の御教示御指導に従いながら学んで行けるという確信的な気持ちが芽生えて来ています。級友の3人も私と同じような気持ちになっていると思います。
これからの学生生活は自分自身の甘えとの戦いだと思います。ついついテレビが気になって観てしまいますが、やるべきことを優先させて時間に余裕を持って生活出来るように努力したいと思います。
私は囲碁が好きですが、日曜日の昼にNHK第2テレビで観られるので囲碁クラブに入るか迷っています。墨絵クラブにも興味があるからです。
担任より
衰えは誰にも起こる仕方ないもの。学び続ける、鍛え続けることで維持していくしかないよね。何を選び何を捨てるのか、そして、時間をどう使うのか。それを考えるのも勉強だね。
4月16日(金)
今日は毎月2回ある矯正指導日なので「道徳の教科書」という本を読んで感想文を書きました。本を読む時間が足りずに土・日に分けて読んでいますが、今日改めて気付いたことは自己啓発本を読んで納得したり、感銘を受けたりするのは毎度のことなのですが、自分の過去をふり返ると読んだだけで終っていたことです。
いくら知識を得ても使い方や使い道がなくては宝の持ちぐされで、それが自分自身だと気付いたのです。
ことわざや格言名言、金言箴言座右の銘など、自分が心に残った言葉や感動したことを何かの形で少しでも行動に移せるようになりたいと考えています。
しかし、現在学ぶことが沢山あって精一杯なので絵に書いた餅状態ですが、それでも知識を得るということに喜びを感じています。
人には誰もが善い所と悪い所がありますが、他の人の善い所を見て自分の悪い所を直して桐分校生活を楽しく学んで行こうと考えています。
宮城に居た時には考えられない程の良い環境で生活出来ていることに心から感謝しています。先生方の授業で感じる思いやりや温かい眼差しに応えられるよう、しっかりと努力して学びたいと思っています。
一年後の自分の姿を想像すると楽しく、新たな人生が始まるワクワク感があります。
今日、明日、一週間、一カ月間というスパンでどれ程愚直になれるか、勉学に励みたいと思います。
担任より
学んだことを、学んだままで終らせない。教科書で習ったことが、ニュースや生活とつながってこその勉強だからね。
桐分校で学べるこの環境、最大限有効に使おう!
4月17日(土)
今日は主に英語に時間を費やしてしまいましたが、英語辞典には慣れていないので大変な思いをする一方、発見する単語の意味を知る楽しさに時間を忘れてしまう程でした。
毎朝歌う桐分校の校歌もそろそろ覚えなくてはと思い、昨日もずいぶんやったのですが寝て起きたらすっかり消えてしまいました。今夜もノートに書いて覚えようとするのですが、2番と3番が混雑してしまいます。
漢字練習は順調に進み5月までの漢字テストは大丈夫で自信があります。1学期の中間テストがある5月末までには5科目の勉強の割り振りや計画できるよう、4月中に時間割を作って勉強しようと考えています。
先生も国語がすべての基本であり、ベースになると教えて下さいましたので、文章を読んで何を読み取るかの読解力が必要だと思っています。私は少しオッチョコチョイな所があって勝手に早合点をして失敗するので、気をつけてあわてずやることを心掛けます。
数学については何をどのように勉強すれば良いかまだ分らないので、19日(月)の数学の授業が待ち遠しく楽しみです。
それから美術も始めてなので、何を教えて頂けるのかと胸が踊ります。
漢字練習をしていて気付いたのですが、自分の知っている漢字でも読み方を変えると分からなくなる漢字があるので、そのところも勉強だなと思いました。
字もそうですが、言葉を知らないと意味も分らないので。読み書き漢字は奥が深いなと感じました。
担任より
習うより慣れろ!だね。最初は無駄も多いかもしれないけど、コツコツコツコツ、ガリガリガリガリ、勉強する、苦しみながら失敗しながら、経験を重ねて学んでいく、それでいいんだ!
4月18日(日)
この2階部屋に入ってから10日が過ぎました。窓の外を見ると塀の外の山々が美しく、空の様子も分かるので生活しやすく季節感があって気持ちよく過ごしています。
国語1の教科書を読んで驚きました。詩や小説、物語、随筆、古文、漢文、説明文、解説等。教科書を五感で感じ、情報を収集し、思考・判断し、表現もしなければならないことや意見を言うにも根拠が必要であり、場面や目的に応じてさまざまな考え方を深めていかなければならず、国語を学ぶことの奥深さを知りました。
これはとてもやりがいのある学習ですね。教科書を読んで自分が感じたことや読み取ったことを、熟考して相手にどのように伝えるのかを表現する工夫も大切だと思いました。
物事の流れや順序、変化にも対応してさまざまな考え方を整理して、文章においての原因と結果の関係をつかみとらなければいけないので、今までの私の考えにはない新しい物の見方や考え方を身につけなければならないと感じています。教科書ってすごいですね。
そして、効果的に学習を進められるよう具体的にポイントを示してくれています。これは本腰を入れて励まないと3年分の全教科を学習するには相当の努力が必要だと改めて思い知らされています。
昨日まではとり合えず漢字をゆっくり覚えようと思っていましたが、やるべきことが沢山あるのであせっている自分がいます。
明日からは気合いを入れ直して励みます。
担任より
国語の奥深さに触れ、それを自分のものとするためにも日記、毎日頑張って書いてください。(笑)継続は力なり!
1年続けると、すごい力になるからね。
4月19日(月)
休み明けで体が動かないのか、老いて体が動かなくなっているのか分りませんが、それでも運動場に出られることは大変嬉しくて、毎日の1時限目の体育は最高です。
走ることは若い頃から好きでしたし、体を動かすことが大好きなので、気分もいいです。体育が終って着替えを済ませ、さあやるぞという新たな気持ちになり、やる気も一段増して湧き上ります。
今日の数学では九九を教えて頂きましたがうろ覚えだった所も先生の教え方が分りやすかったので、ほぼ覚えました。次回は割算を教えて頂ける予定なので楽しみです。
50数年前からこのように楽しく学べたらもっと違う人生になっていたのだろうなぁ。
美術に関しては絵を描くことが小さい頃から画材がなくて、全くの初心者なのですが、「あれっ自分にも描けるのかな」と、感違いする程に先生の教え方が上手で、私たち4人をその気にさせてくれましたのでとても楽しく描けました。
画用紙を丸めたり折ったりして円柱や三角柱、4角柱、5角柱、6角柱と作らせて覗くという斬新な方法で私たちに視点や遠近法を気付かせてくれた思いやりに感激で、さらに見る角度によっては形が異なって見えることも学ばせて頂きました。
国語では漢字の覚え方を分かりやすく教えて頂き、音読みは中国の発音をもとにした読み方であり、訓読みは日本語の意味をあてはめた読み方だと教わり、音読み同志の組み合わせや、訓読み同志の組み合わせ熟語が多いということも理解できました。さらに重箱読みや湯桶読みがあることも知りました。
今日も少し進歩したなという実感が湧いて良い一日だったと納得しています。とても楽しい授業を受けられ感謝感謝です。
担任より
このような毎日を1年間積み重ねていくのが桐分校です。ひとつひとつ、謙虚に愚直に身につけていこう。最近では80歳以下はまだまだ若僧らしいぞ。(笑) 物の見方と考え方は学ぶ者にとっては、とても大事ですからね。
4月20日(火)
理科の授業で、花や果実についての話しがおもしろく、タンポポが西洋タンポポの方が多く日本中に咲いていて、日本タンポポは少なくなっていると聞いて驚きました。
西洋タンポポは生命力が強く、季節にかかわらず咲きますが、日本タンポポは春から初夏までしか咲かないことを知りました。
道徳も奥が深く、詩にもいろいろな長短の詩があって考えさせられる作品が多く、好きなので自分も詩作りをしますが、手紙や文章にも感動させられる作品ばかりでとても勉強になります。
今回の「牛」の話や「三百六十五×十四年分のありがとう」では、主人公も脇をかためる出演者にもそれぞれの思いがあるし、いろいろな考え方のあることを学びました。
私は17歳で大罪を犯してしまい、18歳の時に15年の確定判決を言い渡された時に『俺の人生は終った』と思いました。
その後、18歳で川越少年刑務所に服役し、20歳で千葉刑務所に移送され、善い先輩と出会って一緒に軟式野球をやって体力をつけながらいろいろと感化され、まじめに作業や運動会、野球大会等に励みながら約4年の仮釈を貰って仮出所したのです。
刑務所で覚えた印刷関係の仕事を職業安定所で見つけ、印刷会社に入社しましたが、半年後に自分の前科が知られて会社を解雇されてしまったのです。
それからはまともな会社では雇用して貰えず、前科者には思った以上に世間の風は冷たかったのです。
仮釈放から丁度2年で再犯を犯してしまい、37歳で社会復帰するが、1年4カ月後に無期懲役となって39歳で宮城刑務所に服役し現在に至ります。
担任より
人生は、その瞬間が訪れるまで終らない。人生は続くんだ。今までがそうであったとしても、ここから先は決して諦めない、自分で投げ出さない。諦めたから、投げ出したから現在の自分がいる。どんなに困難な状況になっても、もう決して投げ出さない、諦めない。
4月21日(水)
コロナウイルスの感染によって世界中が大変なことになっていますが、経済が前のようになることはないので新しい時代になり、コロナウイルス対策をどうすれば良いのかを考えながら対応しなくてはなりません。
私も自分を変えたいと思って新しいことに挑戦するために桐分校に来ました。
今、私は毎日がとても楽しいです。この桐分校での学びによって知識を得ることは本当に嬉しく、ありがたいことと思いますが、それ以上に嬉しいのは私たち生徒4人のために、温かい目指しで思いやりの心をもって接してくださるからです。
太陽の恵みのように温かく優しい先生方、私たち分校生徒4人は感謝の心をもって一生懸命に学び、身心共に成長したいと思います。
担任より
コロナ前の世界に戻ることはないと思う。
新しい社会が生まれつつあるのが今。ならば一人ひとりも生まれ変わるべきだし、それが集まっての新しい社会だからね。
きっと日記も好きになれるさ!
4月22日(木)
音楽が大好きになりました。歌うのは今イチなのですが、それでも聴くのはいいものですね。音楽の先生はピアノはうまいし、知識が豊富で素晴しく性格も良く、どんな環境で成長したのか不思議です。音楽に秀でていてさらにいろいろなことにも理解があり、それを人に言葉や姿勢で伝えていることに敬服致しました。飛行機が恐くて乗らないというのは愛敬でしょう。(でも、男なのにネ。)
私も現在のような先生方に囲まれて幼小のころから育てられていたらもう少しは……と思いましたが、今の環境で1年間学べることに感謝して精一杯吸収しようと思います。
先週の木曜日には教室での学習に穴があくと思って囲碁クラブの出席は止めようと思いましたが、夕方の5時半から6時半の1時間だと聞いたので、囲碁クラブに応募することに決めました。趣味もやはり捨て難く老化防止にもなりますのでやることにします。
その替わり雑誌類は1年間禁止または半分以下にして勉学の時間を増やそうと思います。
だんだんと自分のルーティンが出来上がりつつありますが、総合時間のテーマが難しくて思った以上に多く、絞るのに苦労しているので、先生、助言をお願いします。
来週は教室での授業が3日しかなく休日が1週間続きますので、その7日間の使い方が大切になると思います。
担任より
いじわるを言うようですが、7日間の使い方〰〰を計画実行するのも自分に求められる勉強なのです。どのように時間を組み、実行するのが最も理想的な過ごし方なのか、実際にやってみてください。「もし〜なら」と人は考えてしまいがちですが、過去に縛られ続けても前へは進めません。今を大切にして、前を向きましょう!
4月23日(金)
数学の授業で数字のマジックがとても面白いという発見をしました。まだ数学の入口なので余裕がありますが、この後怖いことになりそうな数学です。
習字は筆が思うように動かせず、筆先もうまく形作りが出来ません。うまく書ける人は尊敬してしまいます。本当に凄いです。
社会、今日は5つの気候帯を教えて頂いたのですが、寒い場所や暑い場所でもその土地の気候に応じて生活できる人間の逞ましさに驚きました。私は暑さ寒さは嫌いですが松本の暑さに対処できるよう、体力増強に励もうと思っています。
現在部屋の温度は19、7度ですが、この部屋に入ってからは17度から20度の間なので、今の季節が1番過ごしやすく春が1番好きです。
技術の授業ではパソコンをいじらせて貰いましたが、技術の進歩はすさまじいばかりで私には目を見張るだけで手も足もでません。
漢字テスト第1回目は何とかオマケで100点を頂きましたが、田園の「袁」の下の部分は、はねずに書くのが本当だそうです。〔注:原稿では「袁」の下部をはねる形(×)とはねない形(○)で書き分けている〕次は完璧にできるよう漢字の練習に励みます。
今、気付いたのですが、先週の金曜日から今日までの日付が誤っていたので直しました。1週間も気付かずにいたなんて本当に老人性○×になってしまった様ですが、何を書けばいいのか分らなかったので少し進めました。
さて、明日と明後日(土日)は技術の本を集中的に読むために部屋に持ち込みました。元から気になっていた生物育成の技術やパソコンの基本操作を知りたいので頑張ります。
担任より
最初から出来る人はなかなかいないので大丈夫です。少しずつ、少しずつでも着実に、毎日積み重ねるのです。日付、自分も気付きませんでした。ちょっと恥ずかしいです。
4月24日(土)
今朝は薄暗い時から目覚めてしまい、まだ本を読むには早過ぎるので桐分校に来てからのことを考えていたのですが、ひとつ私が感じたのは先生方が分校生に対する接し方には、私たち本人に気付かせるようにと、答えや解決法はあえて分校生に気付けるようにしているのだと感じました。
自分が考えて出した答えは忘れないので、押さえる所は押さえ、突き離す所は自分で考えろと導きながら話していることが、他の先生方にも感じることが度々あります。それと自分の文章力の足りなさを感じています。
昨日持ってきた技術の本を読み、「コンピュータの使い方」を読んで感じたことは、文章の文字だけではなく種々の記号があり、漢字が分らなくても教えてくれるし変換してくれるので、使い方を覚えればたいていのことは調べて知ることが出来るのですね。
私は刑務所作業で印刷関係の文選をしていたことがあり、その後は写真植字機やオフセット機を操作しており、大変な労働力が必要でした。今は広告のチラシ等はコンピュータ(PS)1台で出来てしまうのですね。写真植字機やオフセット機を使用する印刷会社は少なくなっているのではと感じました。
パソコンは偉大なり、です。
担任より
どんどん便利になるけど、何かあった時は人の力だからね。パソコンも不可欠な時代だけれど、自分自身の手力(てじから)も不可欠、道具に頼り切らずに日々鍛えようね。
4月25日(日)
漢字練習に明け暮れておりますが、なかなか思うように覚えることができなくて手間取っています。やさしい字でも読み方が異なると字が思い浮かんでこないのは私の「語彙」が乏しい為ですが、国語の教科書を読んでいたら名詞は主語とか、副詞、連体詞、接続詞、感動詞は主語になれないとか書いてありますが、意味が理解できません。
まずは単語を覚える必要があり、自立語や付属語、活用の有無を知らなければ文章力がつかないと思うので、これからは国語の教科書を集中的に学ぼうと思っています。
読解力も必要ですし、文章力を養うには教科書に書いてあることを理解して読み進み、語彙を多く覚えて、心情、様子、動き、行為を表す言葉を読み取る感覚が必要なのかなと考えています。
文章を読んで、その意味や何を伝えたいのかを感じて読み取らないと自分が他の人に伝えることも出来ないのですから、大変です。
やはり1番は、言葉を知ることから始めなければならないので、本や教科書を読むことが大切だと思いました。
教科書にも書いてありますが、漢字に親しんで漢字や単語を覚えることによって活用できるようにするためには、文章を読んで感じたことや思ったことを文章にすることで、少しづつ文章力が付いてくるのかなと考え、言葉の単位や単語の分類を知ることによって、文章の組み立てができれば、この日記も支離滅裂なことにならず、もう少しよい文章を書けるようになると思っています。
今日は種々な本を少しづつ読み、感じたことも沢山ありましたので、この思いをずっと続けて行けば何か見えてきたり感じたり、また違う角度で見えるようになると思うので、刑庭にある石碑の「継続は力なり」の精神で頑張ろうと思います。
担任より
文法も大切、授業でしっかり勉強しよう。でも、それ以上に日々、読んだり、書いたり、聞いたり、身のまわりにありふれている日本語に触れること、そこから吸収することも大切だからね。
4月26日(月)
今日は休み明けの月曜日なので、体が重いかなと思いましたが以外と動けたので、日頃の体育時間にやっているアルプス体操や柔軟体操のお陰だと思いました。昨年の11月からやれなかったソフトボールも無理なく楽しんでやれたのでよかったです。
数学はまだ算数の段階なのでなんとかやれていますが、アルファベットが出てくると思うと不安指数が上がります。
美術は絵を描く配置や配列に対して、前回の授業で紙を丸めたり折ったりして見る世界の変化、を学びましたので、私なりの構図を考えられるようになって楽しさ倍増です。
英語の先生が授業の始めに、窓の外に何が見えるのかと聴く理由が少し理解できた気がします。人それぞれに見方があり、景色の色も、感じ方も、多種多様で表現力もそれぞれ違うことにも気付かせて頂きました。
空・雲・山・建物・学校・病院・風景等。
国語も楽しく学んでいます。漢字を覚えれば日記や手紙にすぐ使えますし、単語や読み方を知れば文章力もついて本を読んだり書くことの楽しみも大きくなってきますので、勉強することが更に楽しくなり、とても面白くなって来ました。
このところ気付いたことは、人間って胸が一杯になると食欲が無くなるのか、あまりおなかに入らなくなっているのです。
私は少し涙もろい面があるのですが、桐分校に来てから出会った人達と同じ空間に居るだけで、やすらぎを感じるのはどうしてなのかなと思っているのですが……。
担任より
同級生4人全員が同じ思いで、時間と空間を共有できているからじゃないかな。1年限りだけれど家族兄弟のような関係というか……うまく言えないけれど、二度と逢うことがなくても、本当の友って、そうやって生まれるものじゃないかな。
4月27日(火)
理科が思っていた以上に面白いことに気付かせて頂いた。生きものの全てが、生きるためにどうするかを自然の恵みの中で、自分を成長させるために栄養をとって育ち、子孫を残すために何かしらの努力をして生きなければ、繁栄して行けない自然の掟。
動物も植物も魚だって、誰かに教えられた訳ではないのに、鮭は川の上流で卵から稚魚になり、川を下って海に行き、4〜5年後に成熟し生まれた川の上流に戻り、砂石のある川底に産卵して一生を終える。
鮭は自分の命を削って何も食べずに海から川へ上り、目的地である自分の生まれた場所に向い、体中を傷だらけにしながら行き着いて、最後の力をふり絞って子孫を残すことを、あたりまえのようにやっている姿を見ると、すじ子やイクラを食することに迷ってしまう程凄いなぁと思うのですが、人間や熊が鮭を食べるのも生きるためなのだから仕方のないことなのですが、人間としては『他の命を頂く』という気持ちをもって『いただきます』と言えるような人間になりたいです。
「花も実もある人生」という言葉があって、人は誰も幸せに暮したいと思っている筈ですが、では幸せとは何?と聞かれると十人十色の答えがあると思うのです。
私の幸せって何だろうか。
○大好きな甘い物を食べている時?
○好きな映画を観ている時?
○好きなプロ野球の巨人戦を観ている時?
○好きな囲碁を囲碁友と対局している時?
どれも楽しいことなのですが、幸せか、と言うとチョット?何か物足りない………。
担任より
他の生命の犠牲のもと、我々は生きている。生かされている。だからこそ食物は大切に、決して無駄にしてはならないし、無用な犠牲を生み出してはならないんだよね。我々が取り戻せないもの……時間と失った生命かな。
4月28日(水)
理科の実験で顕微鏡を使用し、ミクロの世界を覗き、スギナの胞子を観察したのですが、裸眼では粉にしか見えない土筆(つくし)の胞子が〔注:原稿ではここに、糸のようなものが伸びた胞子の小さな絵が描かれている〕このように見える胞子が沢山おり、息で軽く吹いてから顕微鏡を覗いて見ると、胞子がウヨウヨと活発に動きだしたのです。
指に付いた土筆の胞子は粉や花粉のようにしか見えなくても、顕微鏡のレンズを通して見ると、その粉のような胞子のひとつひとつが生きもののように動くのを見ることにより、ミクロの世界の凄さを感じました。
その他にもジャガイモやタマネギ、ユリ根、カボチャ等を薄く切って顕微鏡で覗いて見たのですが、ジャガイモは宝石のようにカラフルで美しかったし、ミジンコは赤いエビのように見えて楽しかったです。
普通の日常生活では見えないミクロの世界に驚きと感動を受け、知らなかった世界を知った喜びは、次へのステップとなり、今後の勉学にも必ず良い結果につながると思います。
この顕微鏡でコロナウイルスを見ることができれば感染者発見に役立つと思うのですが、自分自身で陰性か陽性かを知り、医療機関の手間も少なくなって、各自でコロナウイルスへの予防や対処にもなると思いました。
担任より
残念ながら分校にある顕微鏡でウイルスを見ることは出来ません。でも基本的なことが大事、今、最前線で研究している人たちも、まずは基本から学んだことは同じ。研究者になる訳ではないけれど、今まで知らなかったことをひとつでも多く体験し、学ぶことが大切なのです。
4月29日(木)
昭和の日
自己とは自分のことで、まずは自分を知らないとなりませんが、自己責任ということで、私は中学校時代、勤勉性が足りず劣等感に落ち入り、人との関係もうまく行かずに孤立し、東京の大都会にあこがれ、夢を見てひとり東京へと旅立ったのですが、自分自身の判断の甘さや知識の足りなさ、無知の悲しさを辛い程味わいました。要は世間知らずなのです。
15歳の判断の誤ちが17歳の失敗と失望です。この15歳から17歳までの2年間で自分の人生が決まってしまった訳ですが、過去のマイナスをどう反省し、何を改めるかを考えないと前に進めないと思って考えました。
改めることの第1は、当然なことですが罪を犯してはいけないということです。
私は三度目の懲役で今回は無期懲役です。身寄りのない私は身元引受人も無く、このまま死ぬまで社会復帰はありません。しかし、私の身元を引き受けてくださる保護会や知人が出現してくだされば、少しでも社会復帰への希望がありますので、前向きに挑戦したいと思っています。
先日、担当先生の朝の訓示にあった話ですが、戦国武将の石田三成が関ガ原の戦いで敗れた後、逃げて逃げて自害せず、捕えられてからも最後の一瞬まで、主君のため復興への望みを最後まで捨てなかったのだ、というお話しを聞いて、私も今現在は身元引受人も無く獄死決定中ですが、わずかな希望を願い、最後まで生き抜こうと思っています。
『過去は変えられないけれど、未来は努力次第で変えられる』と言われますが、桐分校に来てからまだ3週間ですが、とても充実した3週間でした。
教師の方々や、先生方の接してくださる熱意を肌で感じ、改善更生への道を示してくださるお姿に、唯ただ頭の下がる思いです。
私たち分校生4人共に、熱意には熱意と行動で応えようと思っています。同じ目標を抱いて桐分校生になった仲間と一緒に切磋琢磨し、競い合い、助け合って協力し、4人揃って卒業に旭町中学校桐分校の歌を歌いたいと考えています。
担任より
人の人生が決まるのは、死の瞬間、人生が終わる時だと私は思います。まだ我々は生きている。過去には戻れないけれど、しっかりと過去を背負って、これからどう生きるか、じゃないでしょうか。
4月30日(金)
4月の総括
4月8日から桐分校の教室に入り、3週間が経って思うことは、時の経過とともに心も考え方も、次第に変わったことです。
人の生活は環境によって大きく変わりますが、桐分校に来てからは勉学に関する環境が素晴らしく、勉学に集中できますし、人間関係においても教える者と学ぶ者だけなので、気持ちも上げ上げで生活しやすく、級友たちと仲よく学べていますのでとても嬉しいです。
まだ4月が過ぎたばかりですが、私の心は5月の空のように輝き、色とりどりのバラの花が胸一杯に咲いているようです。
人はさまざまな感情によって行動しがちですが、①嬉しい、②楽しい、③悲しい、④寂しい、の4つに分けると、今まで私が生きてきた人生の大半が③と④の感情でした。
しかし、1年前にこのまま死んでしまうのか?と思うと、もう一度中学校からやり直したいという思いが込み上げて来たのです。でも応募した結果は選ばれませんでした。
それでも学び直したいという気持ちは増すばかりでしたので、今の自分に出来ることは何だろうと考えていると、産業能率大学での『ボールペン習字入門講座』の通信講座募集があり、よし、とり合えずこれに応募して自分はやれるのだという姿勢を示そうと考え、『ボールペン習字入門講座』に応募し、許可になって7月から12月までの6カ月間学ぶことになったのです。その後3回の試験問題を最短でクリアして、9月に優秀修了証を頂きました。
そして11月9日に桐分校の募集があり再度応募して、11月24日に医務で身体視力検査があったので、宮城ではクリアして松本に行けるかもと感じました。松本行きを告知されたのは年が明けての2月19日でした。その夜は嬉しくて眠れませんでした。
担任より
何でも挑戦することから、行動しなければ何も始まらない。何も変わらない。それを実感できた体験だよね。
まだまだこれから。桐分校も、残りの人生も始まったばかりだ。
5月1日(土)
身も心も極めて元気です
今日から5月、学習することも増えてくるでしょうし、濃密になってくるのではないかと身構え、一つひとつ学びながら成長できるように頑張ろうという気持ちが、より一層強くなっています。
相手が居て自分があるという、あたりまえのことが桐分校の生活の中で意識するようになってきました。
ソフトボールで球を投げる時には、相手の捕りやすい胸の近くへ投げるように、会話でも相手にわかりやすいようにと言葉を選んで私たちに伝えてくださる教師の皆様に、他人を思いやる心を教えて頂いています。
今までの私は、自分の考えや気持ちなど誰も分ってくれないんだと思っていて、自分本意で自己中心的だからこそ、相手のこと以前に自分が相手に対しての思いやりもなく、自分が相手のことを分ろうとしなかった自分の愚かさに気付けました。
この前、昼休みの時に国語のテスト用紙を返して貰い、私が分らない所があったので質問したのですが、国語の先生は心良く丁寧に教えてくださったので、すごく嬉しかったのです。先生方も何かとお忙しいことと思いますが、昼休みの貴重な時間を惜しむことなく私たちに使ってくださり感激しました。
桐分校には数多くの学びの窓があり、勉学はもちろんですが、教科書以外にも知性や理性、感性、思慮分別等、教師の方々や先生方に学ぶことや見習うことが沢山あります。
人が言葉を発するには理由がありますが、その言葉の意味や発する相手の心情を知的判断するために、原因→結果、理由→結論に至るまでの経過の分析が大切になってくるのではないかと思うようになりました。
担任より
相手を遠ざけていたのは、自分自身かも知れないね。担任の私も耳が痛いです!
相手を変える難しさと比較したら、自分が変わるほうが簡単なのかもしれないね。
これもまさにチャレンジ!
5月2日(日)
Fukushima50を観賞して
東日本大震災から10年が過ぎた現在も、故郷に帰れない方や、苦しい生活をしている方達が居ると聞きますが、福島原発の現場で働いていた人達の奮闘には感銘を受けました。
火事場の馬鹿力と言いますか、人間が仕事の責任感や地位、名誉ではなく人として今、どうすれば良いのかを考えて、自分の命を投げ出してもやらなければならない時もあるのだということを改めて考えさせられました。
2011年3月11日、私は宮城刑務所で入浴中でした。浴槽の湯は大きく波立ち、水道の直径10センチ位あるパイプが破れて水が吹き出し、壁のボードがひび割れ、天井のパネルも一部が割れ落ちて大変な騒ぎになりましたが、浴場の担当さんは「落ちついてその場にしゃがんでいろ!」と大号令をかけて騒ぎを沈め、地震が治まるや否やすぐ「脱衣所へ行って早く服を着ろ!」「あわてなくていいぞ!」と、落ち着いた言葉で号令を掛けてくれたので、私たちは慌てていた者も落ち着きをとり戻して号令に従って難を逃れたのです。
地震は恐いですが、地震の後に来る津波や火事による被害はもっと恐いですね。
宮城や岩手も津波による被害が大きかったので、地震の後の行動をどうしたら良いのかを、日頃からチェックしておくことがとても大事なことだと思いました。
ですから、上に立つ者の判断力も重要ですし、個人個人が協力して精一杯に出来ることをすることの大切さを感じました。
2004年12月26日に発生した、スマトラ島沖地震はマグニチュード9.3という巨大地震によって引き起こされた大津波は、実に22万人もの死者を出し、世界中を震感させたのに、それを活かせなかったのは、巨大地震と大津波が人間の想像を絶するものであったという大自然の恐ろしさを痛感しました。
担任より
自然災害を防ぐような力は我々にはないけれど、きちんと学び、常に備えることで、被害を減少させること、最小限にすることは可能だよね。学ぶということはそういうこと。
5月3日(月)
47都道府県、だいぶ覚えました
日本人であり、日本に住んでいるのに47都道府県を知らないのは、いい年して情ないと思っていましたので、良い宿題を与えて頂きましてどうもありがとうございます、という感謝の気持ちでやっています。
東北と関東は大丈夫なので、問題は関西方面以下、地図帳とニラメッコしながら覚えています。私は茨城県出身なので、県庁所在地が水戸市なのは知っていましたが、県花がバラの花だとは知りませんでした。
他にも太陽光発電が1位茨城県なのには驚ろきでした。(2019年度)農作物も茨城県が1位の野菜が多いのも分りました。
昨年の豪雨災害では1位熊本県で225件、2位長野県で72件の災害があったそうです。
原子力発電所は、東日本大震災後に廃炉と決まった原発が22基あり、残っている使用済燃料を搬出した後、炉内全体を洗浄して原子炉や建物全体の解体というプロセスを経て全ての行程を終えるのには、20〜40年という長い期間がかかるそうですが、その間にもいつ大地震や大津波が発生するかも知れないので、今福島のようなことが起きないように早く対策をしてほしいと思いました。
新型コロナウイルスが世界的に広がり、大変な世の中になっていますが、日本でもコロナ感染者が増えているのに、オリンピックが開催されるのか中止になるのか流動的な様子ですが、どちらも大変だと思います。
それぞれの方々にそれぞれの立場があり、どうしたら良いのか私には分りませんが、我国だけではなく世界情勢をふまえて決めてほしいと思っていますが、私はスポーツが好きなのでオリンピック開催に賛成1票です。
担任より
47都道府県をマスターしたGW、記憶に残るGWになったかな。今の時代を生きる我々が取り組まなければならない課題は多いけれど、1人ひとりがきちんと考え、やれることをやったらそれこそチリ積もりで、大きな変化が起こせるはず。
5月4日(火)
神様が示してくれた桐分校
悪から善へ回心の道
国語は今のところ辞典を引けばある程度答えは見つけられますが、英語が進みません。
何故かと言うと私は英語が全く読めず、アルファベッドで単語を見つけても読めないのです。辞典を引くにも大変な思いをしていますが、時間をかけて調べて単語の意味が分った時は「やったぁ!」と飛び上がる程嬉しかったです。しかし、英語で文法を覚えたり話したりといったことが出来るようになるには相当時間がかかりそうです。
まずは単語を覚えられるようにして、書いて意味がすぐ分かるようになりたいです。
桐分校の教室に通うようになってからは、何をするにも楽しいし、ワクワク感があるので、今までの人生で最大の喜びと幸福感に包まれており、人間っていいなぁと感じます。
私の今まで3回の懲役生活を合計すると、45年になりますが、目的のない船に乗って漂流しているような懲役生活でした。
目標がなかったので魂の抜けたように流されていましたが、今は学び直しをすることによって考え方も変わり、目標があるから桐分校生活を楽しく過ごせますし、同じ目標を持つ仲間がいるから一緒に頑張ってやれるのです。そして身心共に健康になっているように感じるのです。
イエス・キリストはこう言っています。
『信じる者は救われる』と。この桐分校での学びは私に、感謝する心を芽生えさせました。
担任より
日本語は生まれた時から。英語はついこの間から。そう考えれば苦戦して当然。世界でも有数の難しいとされている日本語を話せるのだから、胸を張って勉強しよう!
5月5日(水)
過去を悔い改めて未来へ……
今日でGWが終了、明日から桐教室に入れるのが嬉しく、待ち遠しかったですし、級友と会えるのがとても楽しみです。
人はひとりでは生きて行けないと言いますが、部屋にひとりで7日間も居るのはとてもつらいので、やはり人は人との関わり合って成長して生きるのだと思いました。
自分ひとりの考え方では、良いのか悪いのかの判断が出来ない時があるので、真違った考えを正してくれる先生や級友が居ないと、前へ進めなくなる時もあるのです。
社会生活をしていた時がそうでした。友人も知人も居なく、ひとりぼっちで仕事も家もない人間はホームレスになるか、刑務所に入るかしかなくなってしまったのです。
人間が社会で生活するためには、仕事をして働いて給料を頂き、ようやく生活が出来るのですから、働くということは誰かの役に立つことなので、役に立たない他人の面倒を見てくれる人はなかなかいません。
もしも私が病気になって働けなくなれば、薬や治療はしてくれるでしょうが、工場で働けなくなった無期懲役者に仮釈放は無く、死ぬまで刑務所暮しになります。
そんな訳で健康は大切ですし、元気な内に社会復帰してお世話になっている支援者に、少しでも恩返しするために、働いて働いて働いて何かの役に立ちたいと思っています。
このGWの7日間、過去・現在・未来のことまで、いろいろと内省と学習と夢を思い描いておりましたが、自分の罪をしっかりと背追いながら、前を向いて生きようと思います。
担任より
生きるということは、生かされているということ。でも、生かされているのも前向きなそれと、後ろ向きなそれがある。これからは常に前向きな生かされている人でありたい。
自分もそう思っています。
5月6日(木)
教室での授業はとても楽しい
休日が終って授業を受けるのが嬉しくて待ち遠しかったので、行進がはずんでいます。
ひとりぼっちでの7日間の休日は、とても長く感じた半面、日々が早く過ぎ去ってしまうという思いもしています。
長く感じた面は、授業を受けられないことや、先生や級友の仲間達と会えない寂しさ、やはり人間はひとりでは生きられないのだなと感じたGWでした。
早く感じた面は自主学習時間が早く過ぎ、すぐに食事の時間になったり、テレビが終る午後9時から高校生が学べるのと同じように、分校生も午後10時まで勉強出来るこの1時間が本当に早く感じてしまいます。
午前中は8時半から11時半。昼食をとって、午後は12時半から3時半。15分の屋内運動、夕食を終えて5時から10時までの11時間。
休日は最大11時間みっちり出来るのですが、途中でテレビを2時間ぐらい観ても9時間は勉学にいそしみました。
明日は金曜日なので、あと3週間後には中間テストが始まりますので、覚えの悪い私としましてはチョット焦りぎみでおります。
今日の朝1時限目の体育の自由時間は、みんなやはり気になる様子で4人共集まって、休日中の出来事や勉強の進み具合の情報交換をして、安心したり共感したりでお互いに盛り上ってしまい、運動時間が終ってしまいました。同じ目標を持った仲間がいて、話し相手になれることの嬉しさと楽しさを、骨身に沁みて感じた休み明けでした。
担任より
まだテストまで3週間ある。3週間あれば3週間の、1日あれば1日の、1時間あれば1時間の〝できること〟がある。それを愚直にやろう。仲間がいるって、それだけで幸せなことなんだ。
5月7日(金)
自分の世界が広がって行く
今、自分の中では数学が面白くなっていて、正の数しか考えていなかったことが、負の数を考えることによって幅広い計算ができるようになってきました。
刑務所の中の規則では、他人との貸し借りはルール違反で懲罰になりますが、机上の計算では自由にできるので世界が広がりやすく、いろいろな考え方や計算ができるのでとても楽しいです。また、先生方のていねいな教え方や解説も分かりやすく、頭のかたい私にも今のところ何とかなっています。
社会生活をしていた時は、国外に行ったこともなく何も知らないので大変ですが、世界地図を見ながら国の名前や産業等を習っていますが、社会科って広いのでムズイです。
午後は2回目のパソコンの指導を受けましたが、パソコンの進化には驚いています。
私はパソコンどころかスマホも手にしたことがないので、感心するばかりです。
英語も辞典の使い方が分かってきて、単語の意味や使い方も少し覚えてきました。
理科はまだ植物の段階ですが、動物にも陸に住む動物や海に住む動物もいるので、幅が広く沢山の生き物がこの地球上に住んでいて、自分の知らない世界が山のようにあり、理科の時間が1番ワクワクドキドキと感動や期待感で心踊ります。また、地球上にとどまらず月や太陽、宇宙のはてまで、ミクロからマクロまで理科や化学の力はスゴイです。
担任より
手のひらに収まるスマホは、アポロ計画で人類が月面に到着した時のコンピューターよりもはるかに高性能! でも、やっぱり最後は自分の力が求められる。だから勉強!!
5月8日(土)
人間関係は付かず離れずが1番
人は気のおけない、何でも話せる人がいることは良いことだと思いますが、親兄弟ならそれも当然なのかなとは考えますが、しかし問題が起きることもあるのかなとも思います。
ましてや他人同志が必要以上に交錯すれば良い時は良いが、状態が悪いと摩擦が起きてしまうこともあり、相手の状態を見極めて思いやりの気持ちを持って接することが肝要なのではないかと思うのです。つい調子に乗ってしまい、相手の嫌がること言ってしまったということが何度かありました。
それでも相手が頭の良い出来た人ならば、サラリと躱せますが、うまくいかずに揉めることもあるので、気使かいは大切です。
大人の社会では周囲に対する気配りや思いやりで成り立っていると思うのです。桐分校の教室へ来る教師の方や先生方には、私たち分校生への思いやりや気配りがあふれているのです。
線と線が交われば離れてしまいますが、ある程度の距離を保って平行線でいれば、いつまでも同じ位置で続きますので、良い状態を保ちながら対処できるのではないかと考える今日今頃です。
コロナウイルス感染が世界各国で広がっておりますが、日本でもコロナ感染者が多くなっていて、東京や大阪では1,000人以上の感染者が出たと発表されました。人によってはコロナウイルスやインフルエンザも同じだと思って行動している人達がいるので、感染者が減らないのではないか、と思います。
コロナウイルス感染でも言えることは、密にならないようにと気をつけて、人と接する時には交わらずに、ほどよい距離を保っていれば、感染者も少なくなると思うのですが、なかなか思うようには行かない事情があることも何となく分かりますので、痛し痒しという所なのでしょうか。
担任より
不完全な者同志、人が集まって関わるのだから、時に近づいたり時には離れたり、嬉しがったり、ムカついたり、そうした関係を保ち続けながら、相手を受け入れられたら、いい感じだよね。
5月9日(日)
自因自果。悪因悪果。善因善果
桐分校の教室に入ってから、約1カ月が過ぎ、時間の使い方や勉強の仕方も、自分なりに出来るようになって来ましたが、まだまだ時間的ロスがあり、思い通りには行きませんが、少しづつ手ごたえも感じています。
今は季節がおだやかで過ごしやすいので、この季節に出来ること、やれることをしっかりと習い、しっかりと学ぼうと思います。
自分が桐分校で学べるのは幸せなことであり、希望しても選ばれなかった人達が数多くいるということを考え、選ばれなかった人たちの分も、私たち4人そろって頑張ろうと話し合いました。
私達は希望したことが叶えられたのですから、今度は自分の目標とする場所まで進むために頑張って勉学に励もうと思っています。
この桐分校に来る時に、自因自果と悪因悪果とは縁を切って来ましたので、これからは善因善果によって、あたらしい人生を生き直すという強い気持ちをもって学び、仲間達と共に努力して歩んで行く所存です。
テレビでは東京五輪のテスト大会が行われていましたが、陸上競技でも見習えるところがありますし、一所懸命に努力をして自分の持ちタイムを更新しようとする姿勢には、とても胸が打たれます。
〔注:原稿ではこの時間割表が1ページを使って日記の途中に挟まれている〕
桐分校時間割表
| 月曜 | 火曜 | 水曜 | 木曜 | 金曜 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1時限目 | 保健体育 | 保健体育 | 保健体育 | 保健体育 | 保健体育 |
| 2時限目 | 数学 | 理科 | 総合 | 音楽 | 数学 |
| 3時限目 | 数学 | 理科 | 理科 | 国語 | 数学 |
| 4時限目 | 特別活動 | 道徳 | 総合 | 音楽 | 技術家庭 |
| 昼食 | 昼食 | 昼食 | 昼食 | 昼食 | 昼食 |
| 5時限目 | 美術 | 数学 | 理科 | 英語 | 国語 |
| 6時限目 | 美術 | 英語 | 社会 | 英語 | 社会 |
| 7時限目 | 国語 | 英語 | 国語 | 社会 | 社会 |
その後、入浴は週に2〜3回入れます。
土・日は基本1日中部屋で過ごします。
問題は新型コロナウイルスの感染者が日本でも増えていることです。人は健康に暮らすのが1番良いので、病気にならないようにと気をつけるのですが、コロナに気をつけるつもりでもコロナは見えないので、どこで感染したか分からないことが多くなっていることには本当に困ったものです。
担任より
ウイルスに限らず、〝見えない敵〟というのはタチが悪いよね。だから学ぶ、考える、行動する。当り前だけれど、当り前のことが出来るか出来ないかで、大きな差が生まれてしまう。自分の中の〝見えない敵〟が最強の強敵である!
5月10日(月)
毎日が感謝の日々です
分校の教室へ行くのがとても待ち遠しくて、朝の行進して行く時から心が満ち足りる思いです。何故これ程までに嬉しいのかというと、仲間がいて、一緒に学ぶ目的があり、教師の方々や先生の方々の私達分校生に対しての接し方には、思いやりや気使いが温かい風のように伝わってくるからです。
この感覚は今まで自分が生きてきた人生には全く感じることがなかったことなので、桐分校に関わっている人達と一緒に生きている、いえ、生かされていると感じられるのです。
感動、感銘、感極まる、胸が一杯になる、感に堪えないと申しましょうか、感謝の気持ちで心踊る状態になるのです。
もう一生この学生生活を続けたいと思う程に今、生きていると感じるのです。四字熟語にしますと、感慨無量です。
そして桐分校の教師の方々は、温厚篤実な方々なので嬉しさも倍増なのです。
刑務所で生きて行くには、人間関係がとても大切ですが、刑務所に入って来る人間は、社会で失敗した人か、悪いことと知っていても組織のために体を賭ける人が多いので、人間関係には気を使うしとても大変なのです。
人によっては工場で人間関係に苦労するのが嫌になり、処遇上という独房に自ら進んで落ちる人が後をたちません。
そのようなことがない桐分校は、勉学に励める環境がととのっていますので本当に嬉しく、毎日を感謝の内に生活できています。
担任より
分校生がしっかり取り組むかぎりは温厚でいられますが……笑。受刑者として、分校生としてやるべきことを謙虚に愚直に、と言い続けていますが、実はどこでも通用するやり方だと思っているからこそです。
5月11日(火)
今、自分にとって1番大切なもの
理科の授業では、顕微鏡を見る度に驚かせられますが、植物も動物も、生命のあるもの全てがそれぞれ一生懸命に生きているのだということが理解でき、考えさせられることもありますし、何にでも学ぶことができるのだと新ためて感じられた授業でした。
道徳の時間もすごく良くて、この前の詩にも感動して落涙寸前でしたが、今日は胸が詰まって声も出せなくなり、うまく感想を伝えることができなくなってしまいました。
『自分にとって一番大切なもの』で級友の皆様は、現在の心境を質問されて、
Ⓐ30代 家族や仲間。こんな私でも、いつも支えてくれているから。
Ⓑ50代 家族。今の自分があるのは、家族あっての自分だから。
Ⓒ60代 子供と孫。自分にとって一番の宝であるからです。
級友の3人は共に家族を第一に考えていて、家族の幸せを願う気持ちが伝わってきます。
特に今は刑務所に入っているのでその心情には辛いものがあるのではないでしょうか。家族があってこそ、親から子へ、子から孫へと、生命と希望のバトンを繋いで来たからこそ人は成長して生きて行くのでしょう。
人が生きてゆくには仕事やお金は大切なものですが、両親(父と母)あっての自分なので、年老いていく親は大切にしたいし、子供や孫には幸せになって元気で暮してほしいと願うことでしょう。
私には親兄弟もなく、結婚する機会もないまま刑務所生活ばかりでしたので、せめて現在の級友や周囲との人間関係を大切にしたいと思っています。
担任より
私の両親も他界していますが、記憶の中にはあります。良いことも悪いこともね。悪いことのほうが多いかな……苦。でも、それをしっかり背負って一生懸命に生き抜こうと思っています。
5月12日(水)
ゴルゴ松本さんの授業を受けて
国語の授業時間を変更し、ゴルゴ松本さんが来てくださり、命の授業を受けましたが、ゴルゴ松本さんを見直してしまいました。
実をいうと、テレビで観るのは激辛料理を食べる番組で知るぐらいで、少しウザッタイ芸人ぐらいに思っていましたが、ボランティアで少年院へ行き講話をしていることに驚きましたが、人は見た目だけでは分らないことを真のあたりにして、ゴルゴ松本さんを好きな部類に入れることにしました。
少年院に入った人でも立派に更生している方々もおりますし、少年院でゴルゴ松本さんの講話を観いて改心・更生へと再出発できるよう頑張ってほしいと思います。
少年よ、大志を抱け!
私はもう手遅れですが、おまけの人生を精一杯に生きて行きますので御安心ください。
さて、月末にはテストがあるので、勉強にも力が入っているのですが、何か不安ばかりであっちこっちとやりたい気持ちであせり、あまり進まないのが悩みの種なのです。
例えば英語の単語を部屋で辞典で調べると、ある程度のことは分るのですが、時間がかかりすぎるのです。しかも一日寝ると明朝にはケロッと忘れている始末なのです。
聞く所によると私の友(2つ下)も同じらしいのです。辛棒強く10回でも20回でも覚えるまでやる他ないのでしょうか?
担任より
そのとおり! 諦めなかった者だけが最後に笑う資格を得る! 人生におまけはありません。若返ることはできませんが、手遅れの人生もありません。あるのは、そう決めつけようとする心だけです。今まで諦めて後悔したこと、たくさんありますよね、だまされたと思って、諦めてしまうこと、当分止めてみませんか。
5月13日(木)
永遠のテーマである人間関係
ふつうの人は皆、学校で学び、成長して社会人になり、社会に何らかの役に立ちながら生きているのだと思いますが、自分もせめて誰かの役に立てることが出来ないものかと、桐分校を希望する前から考えていたのですが、分校の教室で授業を受けていると、自分にも何か出来ることがあるような気がして、意欲が湧いてくるのです。
例えば詩を書いてみるとか、小説や随筆を描くとか、絵を描くとか、もちろん生半可な気持ちでは無理でしょうけれど、人は誰でも一生に一度は何かを極めることが出来るのだ、と言うことを何かの本で読んだような気がするので、自分がそれに挑戦しても誰にも迷惑をかけることはないと思うので、桐分校で学ぶこの一年間に、自分に何が出来るのかを探そうと思っています。
桐分校の卒業生が何かの作者になったと考えると私の未来も明るくなりますし、桐分校に従事する方々や支援してくださっている方々も、喜んでくださると思うのです。
分校担任にはいつも、手を替え品を代えて励まされております内に、私にも何かやれるという気持ちが大きくなってきています。
今はとてつもない夢のような話かも知れませんが、刑庭の石碑にある『継続は力なり』の精神をもってやれば必ず出来る、ということを担任に言われておりますので、やる気になっています。
何かとても楽しくなってきました。目の前がパーッと明るく未来が見えるようです。
人生をふり返ると何も良いことはないので、これからは前を向いて一歩づつ確実に歩んで行こうと思います。
担任より
是非、見つけてください。そのために桐分校に来たのかもしれないし、選抜されてここにいること自体、そうした〝天の声〟なのかもしれないからね。
5月14日(金)
13時15分から90分間、テレビ視聴があったのですが、「池上彰のそうだったのか」は、前に視聴したものでした。もう一本「ガッチリマンデー」は、発想によって会社を優良会社に出来る、という内容だったので、自分の知らない世界を少し知れたので良かったです。
本を読むのは好きなので、矯正指導日用の官本を読むことは良いのですが、数が少ないのと古いので、改善してほしいです。
テレビでは、オリンピックでのボランティアの辞退者が多くなっていて、アルバイトを時給1500円位で雇う会社があり、不幸平だと問題になっていますが、話題は尽きません。
外国人留学生の問題もやっていましたが、同じ学ぶ者としては何とか支援をしてほしいと思います。名古屋でのこともありますので早目に対策をとってほしいです。
家族についての感想文「宿題」ですが、だいぶ前のことだしあまり覚えていないので、文章にすることの難しさをつくづくと感じています。何回かは日記を書いていると、いい感じだなと思える日もあったのですが、また書けなくなったりで三歩進んで二歩さがる状態ですので、早く書けるよう頑張ります。
と言っても、どのようにガンバルかがまだ良く分っていないので、どれもこれも、いろいろ何もかもが勉強なので、自分という人間色を出せるように、教師と先生の方々に学びながら励みたいと思います。
担任より
三歩進んで二歩下がっても、結果は一歩確実に前進! それでいいんです。諦めずに、それを続けていけばいいんです。気がつかないうちに、間違ってはいけない、という思い込みがこの国を絞っているのかもしれないね。
5月15日(土)
学びの窓はいつでも開いている
人間やる気になれば、誰にでも学べるし、誰からでも学ぶことができるのだと思えるようになってきました。
同じ教室で学ぶ同級生の仲間の姿を見て、自分も仲間達のように、あのように気使いたいと感じたり、学ぶ姿勢を見習いたい、と思うことが沢山あるのです。
要は自分にやる気があるかどうかですが、その「気」は、大切な要因だと思うのです。
気力・気勢・気合・気概・気迫・心意気のような精神面も大事な要素だと思うので、ソフトボールの試合も近いですし、どのような対戦相手なのかも分りませんが、選手一丸となって協力して、自分の持っている力と気力を出し切って、仲間や応援してくださる皆様と一緒に楽しく試合が出来ればいいのではないかと思っています。
もちろん試合ですので、勝つぞ!という思いは強く持っていますが、何が起きるか分りませんので、軽はずみな言動は控えさせて頂きます。
実は、13日の国語の漢字テストで1問まちがえてしまいました。書いている時にも何か異和感があって何度か書き直そうとしたのですが、何故かその時は思い浮かばなくてやめてしまったのです。時間になり先生がテスト用紙を集めに来た時、あっ分ったとひらめきましたが後の祭りでした。
自分の中では10分間の漢字テスト(漢字10問と読み10問)は毎週ずっと満点をとりたいと思っていたので、非常に残念ですが、これも人生、次からまた満点を目指します。
担任より
お医者さんの立場からも〝病気は気から〟って、少なからず当っているんだそうです。
辛いことも多いけれど、気持ちの持ちようで人生って変えられるかもしれないね。
5月16日(日)
あらためて感じた母親の愛情
私の母は満州から引き上げて来たそうで、学校には行っていないらしく、漢字も書けない無学な人でした。
昭和5年生まれなので、25歳の時に私を産んでくれたのですが、私は昭和30年1月生まれで物心のついた頃から母子家庭で、母はとても苦労をして私を育ててくれたのだと想像しています。
私が小学校に入った頃が1番古い母の思い出で、母に起こされて朝ごはんを食べた後、母と二人で家を出るのですが、途中から私はひとりで学校へ、母は仕事へと別々の道を行くのですが、ぐずる私を学校の門まで送ってから母は急いで仕事へと向う母の後ろ姿が目に焼き付いていて忘れられません。
たぶん何十回となく同じようなことが繰り返しあったと思いますが、私は母と別れるのが辛く悲しかったのに対し、母は私以上に辛い思いをしていたのだろうと考えると、そこには母が私に対する限りなく深い愛情があったのだと思います。
母は私のことを思って出来るだけ寒い朝を布団の中に居させて、暗い内から母は早起きして食事や洗濯をしていたのですが、今と違って洗濯は手洗いですし、水は近くの共同井戸水からバケツでくんで来なければなりません。
母も仕事があってバスの時間に間に合わず、遅刻したことも沢山あったでしょうし、残業で夜遅く帰ることもあったのです。大人になってから子供のころをふり返ってみると、親が子に対する無条件の愛は、本当にすごいものだと今さらながら感じています。
人間は考える葦である、は、パスカルの言葉ですが、自然の中での人間は水辺の草のような存在だけど、「考えられる」ということが出来るので進歩してきたのでしょう。
勉強も同じように「どうしてなんだろう」と自分の頭で考えることの大切さを、毎日の授業で教えて頂いていることに気付きました。
ずいぶん時間がかかったので『今頃かよ』と思うかもしれませんが、回り道をしても、確実に覚えるには自分の頭と時間を使って考えて見つける、正解にたどりついた喜びと嬉しさが大切だということに気付きました。
担任より
「今頃」でいいんです。気付いたら始めればいいんです。気付いているのに始められない。そんなことが人は多いものですからね。
君が走り始めた姿を母さんは喜んでくれるはずです。いくつになっても息子は息子なんだからね。
5月17日(月)
にんげんだもの 相田みつを作
美術の授業では楽しく絵を描けたのですが、色が3原色(赤青黄)と白色だけだったため、色作りのおもしろさも加わり新たな発見や気付きもあり、勉強になりました。
体育では舎内掃と始めてソフトボールの合同練習が実施され、内掃の連中は若いだけあって体の動きがよく、守備や打撃練習も出来てフレンドリーな対応で練習も熱心だったので、ワンチームとして試合で良い結果を出せるよう努力したいと思います。
担任先生の15日付のコメントに『間違ってはいけないという思い込みが、この国をしばってしまっているのかもしれないね』とありましたが、このコメントを読んで、ある詩人の言葉が浮かんできました。
それは『相田みつを』の書道にポエムの要素を入れた言葉で『つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの』という言葉です。
この言葉は相田みつをが60歳の時に刊行されてミリオンセラーになった詩集なので、みつをブームになったのでかなり有名であり、私もこの詩には生きる力を頂いています。
担任先生のおっしゃる通り、人間は間違ってもいいんですよね。問題は間違った後にどうすれば良いのかなのだと思います。
間違ったままでは前に進めないので、間違いを正すことによって人は前に進めるのだということを、担任先生や授業をしてくださる先生方に毎日教えられていますので、私も少し気持ちが楽になっているのです。
担任先生の言うように、気付いたら直せばいい、分ったらやればいいを実行出来るように励みます。努力します。頑張ります。
担任より
不要な間違い(間違ってはいけない間違い)は別として、我々は不完全な生き物なのだから、やむを得ず間違えた後、どう行動するかが重要だよね。つまずいても前進する、前を向く、それでいいんだと思いますよ。
5月18日(火)
日本人の最高長寿を目標に!
人生というのは辛いことの方が多いという人の方が、圧倒的に多いそうです。
お金持ちの人にはお金持ちの苦労があり、貧乏の人には貧乏の人の苦労がありますが、その生活の中には良い事もあるし、悪い事もあると思います。
人は自分と他人(友人や同年代)と比べる傾向にあり、子供の頃から友人が何か持っていると、自分もほしいと思うそうです。
しかし、私のような母子家庭の子には貧乏生活で食べることが精一杯で母が大変な思いをしているのを、肌で感じているので何か買ってとは言えませんでした。
確かにお金で買えない物は沢山ありますが、世の中にはお金で買える物があふれていますし、愛だけでは食べて行けないので人は働いて賃金を貰って生活しています。ですから、子供の頃から勉強をして良い高校に入り、良い大学に入り、良い会社に入ってエリートコースに乗って、人生の勝組に入ることを目標にするのでしょう。
一方、中学校しか行けなかった人や高卒の人でも、独学で必要なスキルを学び、立派に成功した例もあります。
そんな世の中を俯瞰して見ると、自分のやる気次第でどうにか出来そうだ、世の中まだまだ捨てたものじゃないな、と思えるのです。
しかし、刑務所に服役している人を見ると、学歴のない人の受刑者の方が圧倒的に多いことは事実なので、勉学の大切さは動かし難いものであり、何かに秀でる必要があります。
したがって、自分のやりたい何か、好きになれる自分に合った何かを極めることが大事なことだと思っています。
そこで、義務教育である中学校の勉強をする機会に恵まれて桐分校に入学出来たのですが、この先にある高校を視野に入れて学ばせて頂けたらと思っているのです。
私は自分が楽天家であり、現在66歳ですが、あと40年は生きるつもりですし、やりたいことややらなければいけないことも沢山あります。うまく生き続ければ日本人の最高長寿を狙おうとさえ思っています。
このような夢物語を語っている自分を温かく見守って頂ければ幸いに存じます。
担任より
OKです。分校にとどまらず、高校、大学も視野に入れてみたらどうですか? 自分にとって、どんな世の中にするのかとても意味があると思うよ。
5月19日(水)
年齢に拘らずに高校の学びへ
担任先生のお話しを聞いて、桐分校を卒業した者が高校に入学し、となりの教室で勉学に励んでいると聞き、私も高校へ行って学びたいと思うのですが、年齢の制限を無くして頂けなければ行けないことや、桐分校に来る時に、1年しか居られないと聞いていたので、帰ったら工場での作業もありますし、工場担当先生や作業仲間も待っていてくれると思うので、自分のことだけ考える訳にもいかず、本当に迷っています。
今までにもあったことは、職業訓練生の年齢制限がネックになり、ボイラー技術や農園庭園等に何度か応募しましたが、却下されました。
桐分校ではこのような私を選んで頂けたので、桐分校から卒業後に高校入学となれば、1番嬉しいのですが、むずかしいですよね。
でも、もし高校入学となれば、4年間続けて学ぶことになり、人生大きく変わると思います。
是非担任先生の年齢制限を無くすという提案を通して頂き、若者から年寄りまで希望を持って学べるよう、実現させて頂けますようにと考えております。
担任より
年齢制限がどうなるかは誰にもわかりませんが、いつ、そうした変化が起きても対応できる準備を怠らない、準備していた者だけが幸運をつかむことができる。諦めてしまえば全てがそこでおしまいですからね。
準備、全力で続けませんか。
5月20日(木)
人間の平等とは?
今朝は4時半頃だろうか、小鳥の鳴き声で目覚めてしばらくボーッとして聴いていたのですが、小鳥の鳴き声が『翼をください』のメロディーを思い出させてくれ、昨日音楽の授業で習った合唱をハミングしていた。
そうだ、今日も音楽の授業で『翼をください』を歌うんだと思ったら嬉しくなってきたのです。刑務所では通常、歌を歌うことは規則違反で懲罰の対象になります。しかし分校の教室では胸を張って堂々と歌えるのですから、ストレス解消にもなりますし、最近では歌うことが快よくなって来ています。
教室に入ってあいさつ後の朝イチで歌う桐分校の校歌も、歌う度に楽しく歌えるようになってきて、音楽は最高です。
体育は雨でソフトボールの練習が出来ず、明日の天気も心配ですが、試合には全力でプレー出来るよう体調管理して頑張ります。
憲法第14条で、すべての国民の法の下の平等が謳われていますが、それはあくまで例示的な規定であり、実際には人間が平等などではないことを誰もが知っています。
まずは貧富の差、性、容姿、寿命、生まれた環境や土地や家族など、差別は世の中に数多くあります。しかし、人の人生は千差万別でも生まれる時ははだかで生まれ、死ぬ時もあの世には何も持っていけません。
死後の世界は本当にあるのか、霊や魂の存在は、神は、仏は、天国は、輪廻転生は?
最近のお話しで担任先生から神風特攻隊のことを聞きましたが、武士道のために死ぬことはお家のためであり、神風特攻隊はお国のために死んだのだと思うのですが、彼らは死に臨んで何を思ったのでしょうか。私は産んで育ててくれた母を思って死にたいです。
担任より
散っていった人たちも同じだったと思いますよ。国のためとは建前で母や家族のために無念にも散る覚悟を持ったのではないですかね。美化する必要はありませんが、しっかりと我々はそうした歴史、犠牲の上に生きていることを学ばなければなりませんね。
5月21日(金)
もうすぐ中間テストですが……
国語・数学・理科・社会・英語の順で今回の中間テストの成績になると考えています。
国語は100点を目指し、数学90点、理科80点、社会70点、英語は60点以上を目標にします。
国語と数学は日常生活でも1番使いますし、漢字と数字は無くてはならない勉強の始まりと思うからです。さらに生活する上で毎日目にするので、読み書きと数字が無くては生きていくことにも困ってしまうでしょう。
理科と社会は世界が広すぎて、1年から3年分を1年で学ぶには下地のない私には間に合わないというのが正直の気持ちです。
英語の場合、時間をかければやれる、という気はしますが、辞典を調べる時間が作れない状況に苦しんでいます。
5〜6月は辛抱の月として、7月からが私の旬の時期になるよう努力します。
今日担当先生に囲碁クラブの上級に入れたと告知され、とても嬉しかったです。久しぶりに囲碁を打てることが楽しみになりました。
囲碁の先生はどんな方で、どういった指導をしてくださるのか、またひとつ学びの場所と出会いが増えて嬉しいです。
老人だから……なんて誰にも言われず、勉学も運動もあたりまえにやりたいのです。
担任より
老人というのは、80歳以上をさすらしい、ので(笑)まだまだこれからですよね。国語以外も満点目指してください。舎房での時間が長いので、自分次第ですからね。
5月22日(土)
挑戦・修正・経験、そしてトライ
桐分校に来てから思ったことが、少しづつ形になり始めているという思いは、充実した日々を過ごさせて頂いているからこその感情の表れなのでしょうか。
新しい場所で、新たな出会いに恵まれて、出会った方々のお陰にて楽しく学べていることを感謝すると共に、自分を変えるのは自分との闘いなので、希望を持って新しいことにチャレンジして行こうと考えています。
担任先生のおっしゃる通り、私は社会生活において困難に会う度に逃げていたから、刑務所に3度も入ることになったのです。
もう二度と逃げようとはせず、目の前の事に向って全力で挑戦しようと思います。
…だからとか、しょうがないなどと言い訳を考えるよりも、迷うことなく挑戦するには、次に自分がやらなければいけないことは何かを考えることが、前を向くことになります。
何事もやってみなくては分りませんし、やることによって良い面も悪い面にも気づき、また修正して経験することで、一歩前進出来るのだと思うのです。
考えてみれば、人間の能力に大差はなく、あるのはその人のやる気と努力の大きさだと思うので、やる気と努力があれば結果はついてくると思います。
何事もやってみるべし! 体験することによって見える世界が広がると考えています。
夢や目標を達成するのか叶えられるのかは、神のみぞ知る、ですが人生をかけてトライする価値があると私は思っています。
担任より
今までやろうとしなかったことで、後悔が積み上がったとしたら、これからはやるだけやっての後悔にしよう。きっと後悔は減るだろうね。大幅に!笑。挑戦して失うものは、何もない。やるっきゃないね!
5月23日(日)
「言葉の力」を感じるとき
世の中には言葉が溢れておりますが、言葉によって私達は生きているので、言葉を発することも聞くことも大切です。
その大切な言葉を使って伝えたいことや、発信したい情報も、相手がどう受けとるかは、聞いた人の感じ方で異なることがあります。
言葉の使い方によっては、相手を共感させたり、感動させたりやる気にさせたりと良い方向へ導くことがある一方で、不安にさせたり生きることが嫌になったりすることもあります。
この言葉によって世の中の人々の心を揺さぶり、生きる力の糧となることを願って出版された『言の葉協会の第5回言の葉大賞』である「言葉の力を感じるとき」を読んで、大きな衝撃を受けたのです。
その作者は自分の母に向って、言ってはいけない言葉を言ってしまったのです。しかし母は強かった。娘に向って怒ることもなく、「そうだよ、頼まれてないよ。勝手に産んだんだよ。でもね、勝手に産んだから一生懸命育ててるんだよ」と言ったのです。そう母に言われた娘は、母の正当性に圧倒されて一生懸命に生きていかなくてはならないと思ったそうです。
実は私も中学生の頃、学校が嫌でさぼってばかりいた時、何で僕なんか産んだのだろう、と思ったことはありますが、さすがに思っただけであって口には出せませんでした。
今は全くそんな考えはなく、母には感謝の言葉と謝罪の気持ちを胸に秘めて、母の眠る所へ行くまでは一生懸命に生きて行きます。
担任より
自分は色々あって、何故産んだ?と思ったことはないのですが、自分が産まれたせいで母は一生苦労することに……なんて思っていました。人それぞれあるけれど、その時が来るまで、必死に生き抜こう! お互いに。
5月24日(月)
言葉は人間関係の潤滑油
私たち4人の分校生は、毎朝教室に入る時、元気よく「おはようございます」と言って入ります。授業を受ける時には当番が号令をかけ、『起立』『礼』「お願いします」『着席』といい、授業が終ると当番の号令で同じように「ありがとうございました」といいます。
『礼に始まり礼に終わる』という言葉が昔からありますが、私たち分校生には心のこもった感謝の気持ちが込められています。
この前の特別授業で、ゴルゴ松本さんの講話「命の授業」で感じたことは、善い言葉を使っていれば善い言葉が返ってくるのだ、ということです。優しい言葉を発すれば優しい言葉が返ってきますし、返ってこなかったとしても、相手に嫌な思いはさせません。
まずはあいさつから、そして相手に対する思いやりの気持ちをもって対応すれば、優しい言葉が人から人へと伝わっていくことで、平和な世の中になるのではと思いました。
今の世はコロナウイルスの感染で、大変な苦労をされていますが、そんな時こそお互いに相手のことをおもいやり、少しでも優しい言葉をかけ合えるように私もしたいです。
私が桐分校で1番に感じたことは先生方の対応が、とても優しく丁寧なのに驚きました。宮城とは全く違ったので、始めはとまどいながらも居心地が良く、人間として対応してくださることが、すごく嬉しくて泣きそうになったのです。この受けた恩に必ずや応えられるよう、頑張って生きて行きます。
担任より
挨拶は基本中の基本。でも出来ない人も大勢いるのですが……。同じ関係をもつなら、お互い気持ちよく関わりたいもの。なにせ、我々は人間ですから。辛い時こそ、お互い、そうありたいですよね。
5月25日(火)
テストは問題文の読解力が大事
今日は数学で正と負の数の加減表作りの計算で迷子になってしまいました。正の数はよいのですが、負の数になるとプラスはマイナスにし、マイナスはプラスにするという規則なのですが、正の数の計算が出て来てしまい、プラスとマイナスのとり違いが起きてしまうのです。計算して式にして答えを出すのですが、ひと通りやって見直すと何か所かま違いがあり、何度もやり直してもう大丈夫だと思い、昨日やったものを見直してみると、また何か所か違っているのです。
ようやく見直しのコツをつかみ100点とる自信がついたのですが、数学は奥が深いです。
英語はいつも通り辞書を調べながらの勉強ですが、テストの時は辞書が使えないので、自信はありません。
理科は自分達で発表してテストの問題を作るというユニークな発想なので、楽しく問題を考えられました。
土・日の休日にひとつ大事な発見をしたのですが、勉強は読み書きから始まるので、問題をくり返し理解するまで読むこと、つまり読解力を身につけることがとても大事になると思ったのです。
物事の意味や道理などをよく考えて、よく味わうことと、問題文を丁寧に読んでその内容を考慮すれば、答えが見つけやすくなるのではないかと思いました。
四字熟語で言えば、熟読玩味とでも申しましょうか。もうひとつは取捨選択だと思います。良い物を取って悪い物を捨てることは、自分自身の中身にも使えます。
善い考えを選択し、悪い考えを捨てるようにすれば、いい答えを求めより良い人生を歩めるよう、生きていけると感じました。
担任より
諦めずに何度も何度も繰り返せば、必ずできるようになる。そんな実体験ですよね。
考えてみれば、子供の頃、キャッチボールや自転車の練習なんかも、失敗しながら少しずつ身に付けていた……。何歳になっても、学ぶことの理屈は変わらないということです。
5月26日(水)
チームで勝った喜び
今日はソフトボールがあって、楽しく学びながら試合に勝てたので良かったです。
一人ひとりが自分のやるべきこと、出来ることをしっかりとやれたこと。エラーをしても次に活かし、最後までボールを見て捕ったり、打ったりして、混合チームで勝てたことがとても嬉しかったです。
みんなで一丸となって団結し、何かに夢中になるっていいですね。ソフトボール大会に限らず、勉学にしても目標があるからそれに向って努力出来るし、音楽にしても合唱することの楽しさ、美術での絵を描くことの楽しさ等、キーワードは『楽しむ』ことだと感じました。
私は今まで、すぐに結果を見通してしまい、すぐに諦めてしまいました。しかし、今後は違います。この環境で感じたことは、とにかくやってみることだと思えるようになったのです。
確かに、やらなくては分らないこともありますし、食わず嫌いよりも、食って自分で確かめた方が体験して分かることが大事です。
出来るか出来ないかよりも、やってみて自分でどう感じるか、それが私の考えです。このように考えることになったのは、担任先生の日記でのコメントと御教導の御陰です。
国語では詩も授業で学習するそうなので、詩のルールや作り方を学んで、良い詩を書きたいと思っています。
今日はソフトボールの試合で、みんなの力で勝利したことが収穫でした。
担任より
ナイスピッチングでした。松本少刑の若い受刑者にも、良い刺激、内掃工場との雰囲気が物語っていると思います。
先の見通しをもつこと、やる前から決めつけてしまうことは真逆ですからね。
辛く苦しくても、楽しむことを忘れない。
とてもグッドです!
5月27日(木)
中間テストを前にして
卓球は全力でやって楽しめたのですが、疲れましたので今夜はグロッキーです。相手が自分と同じくらいの腕前なので、手抜きもできずに勝敗も丁度五分、本当に楽しかった。
音楽も、文字通り音を楽しんで合唱していますし、段々と歌うのが楽しくなりました。
国語ではチョット、自分の判断が甘かったようで、100点を目指すなんて言いましたが、予想以上に難しいようです。
総合は、モーツアルトの調査をしていますが、音楽を聴いて感動するのは何故?ということなのですが、その秘密が少しずつ理解しかけてきました。
モーツアルトの曲を聴かせて頂いていると、なるほどこの感覚か、このように聴こえて感じることを、作曲者のモーツアルト自身が、曲を作る時に感じており、感じたことを曲にしていると思うのです。
330年も前に亡くなっている人の曲が、今も尚残っていて多くの人達に聴かれているのですから、何かあることは確かなことなので、頑張って調査しています。
英語は問題アリです。なかなかうまく行かないというのが、正直な心境です。教科書や辞典を見れば、ある程度理解出来るのですが、テストでは教科書や辞典を見られないため、物覚えの悪い私にはまだまだ時間が必要です。
今回はどこまでやれるか分りませんが、現在の学力で精一杯やるしかありません。
社会はテストの範囲が明確に示して頂けており、自分の記憶力で挑戦します。
国語・数学・英語・理科・社会の5科目。現在どれくらい点数がとれるか、次のステップにつながるように、ガンバリマス!
担任より
価値あるもの、本物は時代を超えて残るんだよね。音楽も、時を超えて作曲者と共感するもの。すごいね、他者と共感することで、感動が生まれるんだね。
5月28日(金)
共鳴と共感、寄り添う人間関係
音楽の授業。子供の頃、小学校で習った歌を合唱した。歌っていて感じたことは、それぞれのパートで、どれだけ良い音色が出せるか。響き合いながら、快よく共鳴させられるかが大切だと思った。
それは、合唱に限らず、人間が生きていく上でも同じだと思う。人間関係をスムーズにするには、自分を変えることであり、それなりの人間になる必要があります。
では『それなりの人間』とは何を指すか。
それは、己の自我とか、自己主張ばかりしていては、問題が起きた時に対処できません。
相手あっての自分、社会生活での正しい判断や、広い知識によって養われた心の豊かさ、物事の是非や行動の適切性が大切です。
そして、道理をわきまえた「人間力」を持った人が『それなりの人間』だと思います。
人としての「人間力」がつけば、それが合唱での共鳴につながり、人との共感となって人間関係もスムーズになると思います。
社会で生活することは、人と人とのつながりと助け合いだと考え、お互いが相手をおもいやることで、平和な世の中になるのかなと考える今日今頃です。
担任より
私の口グセのひとつに「勉強できる馬鹿」というのがあります。どんなに勉強ができても、人として間違っていたら何の意味もない、知識を役立てることはできない、と思います。
勉強も、人間性も、そろえられるように、お互い励みましょう。

