作品タイトル
Pray God for help. ~神の加護がありますように~
作者
菊の果実
作品本文
江戸川に掛かる市川大橋の途中で言い争う男女を見かけ足を止めた。
「キミが手を離すからでしょう。」
文句を言う女に呆れた様子で煙草を吹かす男。
「もう一回買いに行けば済むことだろ。」
「そういうのを無駄遣いって言うんだよ。」
「だからプラコップにしておけば良かったんだろ。」
ーこの二人は何の話をしているんだ?-
「だってプラコップじゃあ糸でんわじゃないもん。」
ーああ、糸でんわの話か。懐かしいなあ。ー
「何でだよ。」困ったように笑う男を見て「何でだろ」と 笑い返す女。
一何だ。ただのおのろけか。ー
再び歩き出した瞬間、車のライトに目がくらんだ。
強い光の中で女の声を聞いた。
「苦しいよ…。」
目を開くといつもと変らない部屋にいた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。両手で顔を覆った瞬間、キミを抱いた日の温もりと笑顔を思い出した。一瞬の再会の後、キミの首の感触に襲われた。うつむくと窓から差し込む日の光が床に格子状の影を作っていた。
窓際でつがいのすすめが鳴くのを聞いた。
ーまた遅刻ですか?
ー悪りぃね。先輩方がなかなか帰らせてくんねぇから。
ーチンピラみたいな喋り方はやめてってば…。
ーごめんね。
ーこのハンバーグめっちゃ美味いね!
ーでしょう!なんていっても隠し味が違うからね。
ーえっ?!これ手作りなの?
ー…うん。まぁ…一応は。
ー胸はあんまり触らないでって…。
ーキミのコンプレックスだって愛しいんだよ。
ーバカ。
ーそうだ!糸でんわをやりに行こう。
ーえっ?…もう夜だよ。
ーだね。 行くぞ!
ー…そう。
すずめが去った窓際でしばし雨粒が床を濡らした。
一苦しいよ…。
ー本当にごめん。
作品ジャンル
エッセイ
展示年
2025
応募部門
自由作品部門
作品説明
ある人から「大切な思い出を他人の目に触れる形で残すことに、強い嫌悪感を覚える」という主旨の意見を貰いました。
事件から今年で14年になりますが、思い出したくても思い出せないことが増えています。いつか記憶の中から完全に消えてしまうのが本当に怖いです。
彼女にすれば私など野良猫を構う程度の存在だったのかも知れません。それでも※20年余りの人生の中で自分の人生を生きていると感じさせてくれた女性なので。
※社会で生活した期間です。