空と私とその色と、 – クロと語らひ

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作品タイトル

空と私とその色と、

作者

クロと語らひ

作品本文

 オレの物語をはじめよう。
 何も感じることなく、時さえ止まった世界の漂流する身体に心は無い。物体。
 繋ぎ留める世界を手にし、真のオレを見定める。生きる責任と共に進む為の一歩を踏み出すのだ。オレをはじめるために。

一、閉じた世界

 まぶたの裏の闇の色は、なんと表現するのだろう。黒色のようで赤色のような茶色が混じるような、緑や白、黄色も入り模様も成すようで、一言では言い難い色。
 目が醒めた。静かな朝というにはまだ早い日の出前。音はしない。いや、流れる空気の音がする。窓の外からの車の音々だ。
ヘッドライトを灯し、幾台もの車のタイヤとアスファルトの摩擦音が遠く聞こえる。
 灼熱の夏の夜、窓下で重低音を迷惑にも轟かせていた人の身長ほどもある馬鹿デカいエアコンの室外機の音が止み、幾日経ったろうか。騒音に悩まされず少しは長く眠れる季節だ。ただ、明日から十一月だというのに、例年の秋虫の大合唱が一切ない。
それもそれで良いのか、悪いのか。ここにもやはり温暖化現象か、無季節化といった環境破壊のその一端が介入してきたのだろう。いずれにせよ世界は平等だ。
 音に色。
 今の時期、ほんの僅かだが太陽の兆しが東の空を群青にする。
 目が醒めたのには理由がある。
 ここは、刑務所。塀と檻で覆われ閉じた直線と直角の世界。この広大な敷地の中、オレ達のいる棟に近づいてきたからだ。音だ。
この棟は別棟になっている為、外通路を刑務官が歩いてくるのだ。そして、扉の鍵を開ける為歩きながら手に取る際、チャリチャリと音が鳴るのだ。今日はその音で目が醒めた。他にも靴底を通路にこする、ザッザリッといった音というものもある。空気を汚す音。その日次第、刑務官次第の起こし方だ。
 この時間には決まりがある。この棟には炊場に努める懲役がいる為、その工場へと連行する時間が来たということだ。窓の鉄格子越しに外を眺める。様々な敷地内の建物が黒色に染まっている。所々通路には照明が灯っている。遠景にはタワーマンションや、商業ビルの姿もあり明かりが点いている窓もある。目を転じるとこの時間も仕事をしているのか、各階の多くの照明が点き窓の形を表している。あの建物はTV局のはずと思っている。
 そうしているうち炊場の一人が、連行の刑務官二人と棟から出て炊場へ向かう。これはボイラー当番だ。懲役の色はエメラルドグリーンの居室着。刑務官の色は紺色の制服、水色のシャツ。この時間は五時。鳴いているカラスは黒色と深緑色、赤茶色の玉虫のわずかな反射。
 朝の再認識。用を足し、布団に入ると枕もとの本を手に取る。起きれば毎回そうしている。空はまだ夜の様相を呈しており、本来なら読書は不可の時間帯だが構わず本を開く。ここでは空が色付く時間ではないと読書は不可で夜読として罰が下る。だが、オレは見つかった試しはない。決まって見つかるのはポンコツの連中だけだ。もしオレもそうなればポンコツの仲間入りだろうか。
 本を読むことは刑務所に入って覚えた。好き好んで本を読み始めたのではない。刑務所には何もないから仕方がなく、まわりがそうしていたからそうしたまでだ。娑婆では字面ばかりの小説などがどれ程のものか、一切頭の角にすら考えが及んだことなど全くなかった。今、本を読むということは、黒い水面に新たな色が注すような。
 オレの娑婆での生活に色付いているものはなく、そう感じることも何一つなかった。すべてが日焼し色褪せた薄っぺらな反射の光でしかなかった。彩りのない全てを灰色で覆われた世界にいた。暗黒の組織の片隅に所属し暴力を働き、金を毟り取り、女を売り飛ばし、酒を呑んでは踏み倒す。甘い言葉で釣った女には薬を食わせ、それをネタに面白可笑しく話をしながら浴びるようにまた酒を呑む繰り返しだった。
 そんな毎日が張り合いのあるものや何かの目的でそうしているのではなく、ただ単にそうしていた。そうなっていた。いつの間にかその範囲の境界の内にポツンと立っていた。そこには己の意思というものは無いし、感情もない。オレを囲む世界に鮮やかに色付いているものはない。意志や感情が無い。己が無いのだからその周りの世界というのもあって無いようなもので、仮に認識してもそれがどのようなものか、把握し理解することもない。ただ通り過ぎ流れてゆく人、言葉、そして世界。その世界とオレ自身の境界も曖昧で区別できていなかった。存在を自認できていなかった。
 だとしても、今何故そう思えるのか。娑婆での生き方を振り返り表現するようになったのは刑務所に入ってからだ。いつからかそうなっていた。きっかけはなんだ。
 透明のワタシ。闇と影に溶けているワタシ。ワタシの色はーー。
 それは時間だ。何もないからだ。だが、時はあり、他の一切がないのだ。
 必然的に自らの内面を垣間見る時間が増えたのだ。始めは瞬間的なものが、おのずとその時間が長くなり深く掘り下げるようになった。
 刑務所という閉鎖空間では様々な受刑者がいるからだろう。オレに似た属性を持つ者や、生きてきた境遇に同じものを感じ、そいつらと話などをする中で相手を認めていきつつ自らの存在を認識できるようになった気がする。徐々にだが、そうしている間にオレ自身のことを考えたり、過去を振り返る様なことを覚えた。時間の使い方を他人を見ることで学んだ。
 そういった中で自らを表現する感情、意志も出てきたのだと思う。刑務所だからこそ、こういったことを知ることができたのだろう。むしろここ以外では、この様に変化は訪れなかったろう。
 やはり時間だ。時の流れをどう使うのか。

二、開く世界とワタシ

 今は布団に潜り込み読書の時間。
 いくらか読み進めていると、外通路から汚い足音と浮ついた鍵の音。そして、棟入口ドアを強く開閉する音までサービスの警察官が来た様子。今日はとてもツイている。
 今回の刑務官は炊場の早番人員の連行が役目の職員だろう。炊場の務めは一般工場、経理と比べても特に早い時間から始まる。読書を邪魔され一度中断し、布団から抜け出てまたも直角に交わる鉄格子越しの窓から眺める。少しすると十四、五名が二列に並び外通路へ整列して行進していく。大変だろうに。オレ達のメシを作ってもらっていることには感謝だが、それ以外に思うことはない。炊場で働きたいというヤツらもいるが、オレはまっぴらだ。絶対に行きたくない所で、オレにはそもそも他人の面倒など見ることなど出来ないし、更にはオレに炊場に行け、とはならないだろう。
 空を見やると先程より青みがかった範囲が大きくなり色付いている。敷地内の各棟にも色が戻ってきた。元はキレイな白に思える居室棟にはいたる所にカビが染みつき、茶色の雨垂れが汚く残る壁。劣化してはげ落ちた塗装の箇所がサビで真っ赤に焼けた体育館の鉄骨にも本来の姿が戻ってきた。
 溜め息をつき布団に戻り読書を再開する。この三畳ばかりの狭い房にも色が灯る。時間と共に自らを表す色を発していく。
 この世界のオレ。オレは太陽の光を浴び色付くことができるのか。何色に染まる人間なのか。そもそも色を持っているのか。はなはだ疑問だ。今までの生き方からすれば心は真っ黒に染まった汚水のようなものであろうから、光すら跳ね返すこともしないだろうという思いも強くある。
 中心。ワタシの心の中心に目を凝らす。ワタシの中心の色、見たい。どうか、どうか色をーー。
 刑務所で物語を読み、その空想である内容に触れ様々な感情といえるような色が体の中に目一杯増殖し、溢れ出るような初めて気付く感覚も一方ではある。最近の気付きだ。そういったことはあるにはあるが、装っているだけなのか、本当のオレの部分なのだろうか。
 信じたい。これまでの堀の内側で得たものを。他人を認め、自らを認識できたオレ自身を信じたい。
 刻一刻と太陽が昇り夜空と混ざり闇から明るみへのグラデーションを起こしている。様々な形をした雲も姿が見え始めて、光の当たり方で色自体の境目が無い一言で表せない彩りをしている。
 ふと、前へ進め、と号令が聞こえた。炊場の遅番だろう。獄衣のエメラルドが二列と紺色の官が二つの点に見えるはずだ。
 いつ刑務官の連行係が来たのだろうか。読書に夢中で気付かなかったのだろうか。ただ、そのほうがいい。そして、刑務官は、足音、鍵音を消しシノビの如く気配を減っし、配慮の塊となって囚人に気を使うべきだ。そう求めたい。
 鉄格子とそれに切り離された空もかなり明るくなっている。炊場遅番の出役は六時だから、オレも間もなく起床の時だ。
 その場所はーー。ワタシ、近くだと思うの。光の当たる、受け取れるはずの場所をーー。どこですかーー。

三、拾いなおす世界のワタシ

 間違ったのはオレ。そんなことも考えていなかった。刑務所なんかに来るべきではなかった。来るようなことをすべきではなかった。犯罪は選択だと本に書いてあった。差し迫った状況において、犯罪を犯す選択を選ぶのか、選ばないか。そして、それ以前に選択肢に犯罪の目を持っているか、そうでないかが問題となる。娑婆で暮らす普通の人間において、そんなことは選択すらしないし、選択肢に犯罪が入らないはずだ。
 だが、オレは違った。振り返れば、選択肢に入れざるを得なかった。選択もした。そもそも、自らが刑務所に入ろうと望んだ。
 今のオレは誤りの結果だ。誤った。
 時間は生命で、生命は時間だ。どちらも針を戻すことはできない。被害者を苦しめ、傷つけ、恐怖を押し付けた。そして、その家族へもあらゆるダメージを与え、追い詰めた。
 道理も情理も弁えない不条理を何一つ落ち度の無い、関係さえ無い被害者へ、オレの望みを叶える為だけに強引に押し付けたのだ。物理的、精神的負担は何をどうやっても元通りに回復はしない。
 償いだ、贖罪だと今更身勝手にも程がある言い分をのべつ幕なし伝え続けたとて、被害者には言い逃れ程にも聞こえないだろう。こんな質の悪いオレのような人間では、被害を受けた心情について理解はできないと思われるのは当然だ。それらは言葉では言い表すことのできないものだと思う。ただ、こう思うことすら、簡単に一言で思い描くなと罵られるということだと感じる。
 分かったように言い述べることはできない。オレは間違った人間だからだ。被害者と被害者家族にすべての責めを受ける側なのだ。間違ったでは済まないことなのだ。
 今までのオレが通り過ぎてきた世界。自ら望み捨て続けてきた世界を拾い直すことはできる。そして、オレ自身を考えることもできる。考えようと悩み続けることも可能だ。捨ててきた自身をも拾い、己がどんな人間なのか目を逸らさずにいなければ、本当のオレとして己を理解できない。
 生きている限りオレはできる。オレの残った時間でこれから何を考え、生きるのか。どのように生きるのか。生きることは時間を使うことだ。この時間と生命でオレと闇に埋もれた心を明らかにし、紛れもない真のオレ自身に相対するのだ。
 ただ、こんなことを口にした所で上っ面になるもだし、軽々しく映るであろう。こんな非道に存在してしまったオレだか、だからこそどんな逆風の中にあっても、こも想いを心の内に秘め、必ず全うするのだ。決して消えない火種として断やさず守り続ける。その責任がある。
 この現在を起点に今までのオレが残し続けた蔑まれるべき足跡から、犯罪者ではあるが人として次の一歩を踏み出し標そう。過去は消えない。現在と地続きなのだから、どんな足跡を残すかが最も重要だ。
 その足跡も過去を振り返り再度踏み直し、全てを掘り起こすことは、今のオレにとっては重圧のかかる歩みになるはずだ。
 だがそれこそがオレという人間の物語を綴る為に大切な作業となり、オレ自信が選択した過去の責任を持ち、更には本当に生きるということになるはずだ。
 これが現在のオレの上限だ。
 これがたった今のオレの更生ということだ。
 一つも見逃すことなく、オレの生きてきた世界を拾い直し続けるということ。オレを取り戻す。そういうことだ。本当のワタシを見つける為に。
 それが、はじまりだ。
 --さあ、踏み出して。
 --さあ、ワタシはここに。

四、世界の色と私の色

 今日の読書はヤメだ。起床時間もそろそろだろう。小豆色と朱色のストライプ柄の掛け布団を畳んでいると、夜勤巡回の刑務官も通り過ぎた。オレの房の前の巡回もこれで最後だろう。
 この夜勤巡回の刑務官の靴音が高く、オレ達に嫌われているヤツが何人もいる。
 やはり懲役に快適な生活は皆無だ。絶望の色。
 ただ、そこにも毎日、日が昇り、沈んでゆく。
 直線と直角の外には薄水色の空に僅かな雲。東は朝日のオレンジのグラデーション。刑務所の全てが光で明らかになっている。
 時間は止まることはない。常に進んでいる。
 「起床!」
 棟に響くガラスが割れんばかりの号令。
 オレも進もう。
 「いくそ、よし」
 小さく活を入れる。

 ここからはじめよう。私の物語を。
 どんなに強い嵐が行く手を阻もとも。
 嵐の中にも光を見つけて。
 見上げれば、必ず空がある。
 日々、空色模様が変わっても。
 空はある。
 私の色とりどり、見つけよう。

作品ジャンル

小説、お願い

展示年

2025

応募部門

自由作品部門、テーマ部門②「お願い」

作品説明

私が生活する中で、もう一人、二人の別の感性の私や、まったく別人としての私が、この刑務所でひとりの私として生きていたら、どんな人間として、行動をして、考え方を持っているのかを表現してみようと思った。虚構と実録の両面を描いた。自由部門での応募として作品を練り上げたが、良い出来だと思っており、可能ならテーマ部門②でも参加したい。
これが演劇などになったらどんな映像になるか見てみたい。

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