私の夢 – 蒼

作品タイトル

私の夢

作者

作品本文

1

6月の曇りの日、土曜日の午後だった。
高校の体育館では、私が所属しているバスケットボール部の最後の公式試合が行われていた。
選手等も含めて50人ほどしか居ない、薄暗い体育館は応援者も5人位でとてもさみしかった。
それでも、試合には、今日も勝つ、とはげましあう声が訴えていた。みんな笑顔だった。
この日は地区予戦の3回戦目が行われている。
私は半年前に2ヶ月程入院していたこともあり、レギュラーメンバーから外れていた。
試合開始から、直ぐ10点負けてハーフタイムを迎えた。どうしても、10点が追いつけない。バスケはシュート1本で2~3点入るので数本差なのだが、一度も追いつけていなかった。
「おい、後半の第3クォーターから出るぞ」
急に私に声がかかった。
呼ばれて、コート中央に整列する。
楽しみと、恥ずかしさか私を包む。
前回の公式試合に私は行くことすら出来なかった。だからだろうか、この日の私はとても調子が良かった。
相手ゴールの左からゴール直下をかけ抜ける、その瞬間、相棒と言っても良い成田からのパスが来る。急に来たパスにも対応してゴール裏から一歩でジャンプをする。リングは見えなくても体が勝手に動く。右手でボールを持ち、ゴールの右側からレイアップの様なシュートが決まる。
「お前、どうしたんだよ。タイミングも、息もぴったりだったじゃん」
成田はとても良い笑顔で私が決めたシュートを必殺技みたいだったと褒めた。
私を歓声が包み、ヒーローになった気分になった。
仲間の声と必要な声以外は何も聞こえなかった。においも、体の疲れも何もなかった。
何も考えずに、ただ身体が勝手に動いていた。
そうして同点になった時、3クウォーター目終了のブザーが鳴った。
ハーフタイムでベンチに戻るとチームメイトの誰もが笑顔でいる。どこからか、勝てるかも、との声も聞こえた。
最後の第4クォーター目、私はまたベンチからのスタートとなった。
私は高校からバスケを始めて上手くはなかった。この試合ではファールも多かった。
「なんで?」
私の交代に疑問の声が応援者から聞こえる。
私は反論できなかった。私なら勝てると言う自信が出なかった。
「なんで?」の声に私は背を向けてしまっていた。
また点差が開く。
試合終了の5分前、私は再度コートに出た。
開いた点差はとても大きく、私の身体もとても重くなっていた。
チームは負け試合と考えて、ベンチに居た人々が次々とコートに出て来ていた。
選手交代がくり返されたとき、2学年上の先輩が「まだ試合をあきらめる時間じゃないだろ」と言っていたのがとても耳に残る。
本当に身体が重い。
昨日はもっと早く寝ていれば違ったのだろうか。行ったり、来たりする1個のボールを、ただ追いかけ、後悔している。
取れていたリバウンドも取れなくなっていた。
その度に周囲からため息が聞こえる。
私はもう別人だった。
私のチームは強豪校ではないが、弱小校でもなく、いつかは引退する、と全員かわかっていた。
それでも今日ではない、と誰もが願っている。
試合前日の昼休みの会話が私の脳内をよぎる。
「先週の土曜日はサッカー部が引退したってさ」
何気ない友人の丸山の言葉だった。
「野球部も同じ日だって聞いた。内山かホームランを打ったから、まあ、満足したってさ。」
誰もが引退するのは当たり前と考え、より遅ければ勝ちの様な感覚だった。いかにして自分を納得させることが出来るか、大人の考えを出されるのがさみしかったというのを覚えている。
試合の残り時間が1分も無くなった。
ボールか外に出たり、ファールがあると時計が止まるため、7分がとても長い。でも、どうすれば良いか分からない。
動かなければ何も変わらない。あせって動けばファールが増え、フリースローを打たれる。
「がんばれー」
応援する声も大きくなる。ただ気持ちだけが強く伝ってきていた。
勝ちたい気持ちがどんどん強くなる。
残り時間、13秒。
なぜ、何度もチャンスがある内にもっと頑張らなかったのか、思いは過去ばかりを向く。
残り3秒、相手が少し遠くからショートを打った。
1本でも相手に追いつきたいと私は必死にリバウンドの準備をする。
それまで競り合っていた相手がこの時は居なかった。
私は懸命にリバウンドをする。
両手の中にボールのしっかりとした存在が感じられる。
その瞬間、試合終了のブザーが鳴った。
私はコートにも、仲間にも背を向けていた。少しの時間振り向くことが出来なかった。
手の中のホールか悲しみの塊りの様に感じる。
けれど、すぐに手放せなかった。
この試合には女子バスケから2人が応援に来てくれていた。
共に黒髪でロングヘアーとショートヘアーの2組だった。
髪の長い子がショートカットの女の子に声をかける。
「あの人のこと好きだったんでしょ、声かけなくていいの?」
「いいの、もう、そんなんじゃなくなったから」
その後も2人の会話がとぎれながら聞こえてくる。
2人はクラスメイトで、髪の長い子はチームメイトの元彼女だったこともあり、「あの人」が誰か、というのはすぐに分かってしまった。
私は知らないうちにショートカットの女の子に好かれ、いつのまにか振られていた。
この日、負けたから、ファールが多くて下手だったから振られたのか、そんな風にも思えてくる。
涙は出なかった。心を軽くしてくれなかった。
センターラインへと最後のあいさつをしに行く。
なぜか、泣かないといけない気がして、見栄えを気にして、私は涙ぐむ風を装っていた。
嘘泣きかな、と自分で分かっていた。
でも、ちゃんと涙は出てくれた。

2

目が覚めると、もう見慣れてしまった4畳の部屋に居た。
部屋の中を照らす消えない蛍光灯の明るさにはもう慣れていた。
窓の外はまだ暗い。
この部屋には時間を知る術はない。
恐らく深夜0時から2時位かな、と考えていた。
さっき見た高校生時代の夢をどう捕えたら良いのか分からない。
10年以上たっても最後にリバウンドをしたボールの感触を思い出せるとは思わなかった。
夢の中ではにおいはなかったが、今ならボールのにおいも思い出せる。
年末の寒さか出てきて毛布を引き寄せるとボールの皮のにおいがした。
においがしたから夢を見たのか、夢を見たから毛布のにおいをボールと感じたのか。
私はこの日を後悔しているのだろうか。
後悔とは違う気がする。けれども、少なくとも満足はしていないのだろう。満足のいく引退試合なんてないと頭では分かっているのに。
でも、夢に出てくるのは、私の中に何かが残っている証拠なのだろう。
私はいわゆる未決としてこの場所に居る。もう裁判を続けて1年になる。
1年間も毛布を洗濯できずに生活していたら様々なにおいがして当然かもしれない。
思い返せば、長くなった原因は春の公判でのことだった。
「あなたは取調べでその供述はしてましたか?この調書にある取調べの時、検事とはどんなやり取りをしましたか」
なんて、公判検事が聞くから…。
私は取調べでも供述してたこと、取調べの検事が調書は録画のまとめだから全て記載していなくても大丈夫、と言って私の供述が記載されなかったこと、そして、さらにこの取調べ検事が起訴までに余罪を言えば逮捕せずにまとめてあげる、と取り引きを出されたので、私は過去の事や事件外の事だったけれども、査索に協力しようという意思があったから、覚えてないことや確認できないことも、あくまで可能性として話した。と公判で供述した。
では、録画で取調べの様子を確認しようとなった。
ここからが長かった。
私は嘘はついていないので、録画を検察と弁護士が確認すると、公判での供述通りの事柄が出てくる。
というより、覚えてはいなかったが、供述以上に酷い取調べだった。
録画を証拠化する為、公判でどこを再生するのか検察と弁護士で話し合ったり、その録画で何を立証するか決めたり、気がつけば8ヶ月が過ぎていた。
取調べで検事に「録画確認すれば大丈夫」と言われたが、確認に8ヶ月かかるのは大丈夫に入るのか…。
それだけではなかった。
証拠になっているDVDは、中のデータが壊れている記憶がある、嘘になるといけないから確認して証拠化したい。
私は弁護士に録画確認の前にこう伝えていた。
証拠品は警察が持っているから確認請求しても時間かかかる、それがやっと確認できた。
私の記憶通りDVDの中のデータは壊れていた。なのに提出されている証拠では、中のデータは正常だった、と壊れていた事実が隠されて記載されていた。
これの確認、証拠化にも時間がかかってしまった。
12月になって、やっと公判で録画を観る日が決まった。
DVDの方は、まだ、この次となっていた。
しかし、録画確認の公判の日、検察はDVDを裁判に持って来るのを忘れていた。検察が忘れ物をするのは2回目だった。
「またかよー」
弁護士からため息が漏れた。私もうんざりした。
忘れ物を罰する法律はない。
私達は証拠品を取りに戻るのをただ待つしかなかった。
15分位過ぎて、検察が証拠品を持って現れた。
そして、この日は時間切れで録画確認が全て終らなかった。

私は現在、ただ待つだけの生活をしている。
刑が確定すると、夕方からテレビを観たり、平日は30分間仲間と会話が出来るが、刑が確定していない末決には全てない。
ただ独り、誰とも話せず、ラジオだけを聞いて待つだけの時間を過ごす。
ストレスもあるからなのか、起きている時間を減らそうとして、寝る時間を増やそう、と思い始める。そうなると、必然的に眠りは浅くなり、夢を見るのもほぼ毎回となる。
夜は、寝て起きて、を3回くり返せば朝となる。
色々と考えすぎない様にして、眠りにつきやすくする為、読んだマンガのことを思い返していると、知らずの内に私は再び眠りに落ちていた。

3

その部屋は暗くはないが悲しさが詰まっていた。
ある日の午後だった。大学を卒業し、社会人になって数年たった私が居た。今日は休日らしい。
小学校の図工室がベースだが、教室の後ろは理科室にあった白枠で中が見えるガラス戸の付いた薬品棚があった。
前を向くと教室の最前列は4メートル近い黒い耐火ボードの天盤が付いた教卓がある。
正面を向き、左手側が廊下で、右手側には天井から床までの大きなガラス窓がステンレス製の枠で7メートル間隔に区切られながら壁一面に存在していた。
窓はスリガラスではないが、全体が明るい白一色だった。
それは決っして雪化粧の銀世界という感じではなく、病院の白い壁の様な、作り忘れてしまった感じかした。
冬のさみしさだけを取り出した世界だった。
白い窓の壁に沿って、3段の、いかにも手作りといった木製の棚が壁一面に並んでいる。
木の棚は枠組みと棚板だけのホームセンターのキットで作った様な感じだった。
壁一面に並んだ木の棚の一番後ろに私は居た。
私を挟んで左手側にも同じ造りの木の棚が窓側より低い2段で教室の後ろから2メートルほど置かれていた。
2段の木の棚は、私の腰位の高さしかない。
私はこの2つの木の棚に挟まれて何か作業をしていたらしい。
2段の方に様々な工具があり、3段の方に陶器物を中心とした完成品の置き物が並べられていた。
猫の姿をした物がわりと多い気がする。
10センチメートル位の大きさの作品が多かった。
同じ教室には20代から30代の人が20人ほど居る。
8割は女性だった。寒くはないが、全員冬服だった。
「それでは、片付けを始めて下さい」
誰かが全体に声をかけた。
私はカードサイズの木の板の上にミニチュアの家や動物が乗っている作品を3個ほど持ち、教室の右前にあるシンクへと歩いていく。
私はこの頃にはもう、この世界は夢だと気づいている。
でも、自身の行動にも、世界にも、何も疑問を持つことはなかった。
シンクに着き、まるで皿洗いの様に、なぜか水洗いで作品についたホコリや木クズを洗い流していく。
水は冷めたいはずだと思ったが、何も感じなかった。
洗い物をした後は、私の定位置となっている窓側の一番後ろに戻り、3段の木の棚にある作品の整理を始めた。
どこに置くのが正しい位置なのかを私は知らない。
けれども、その位置が正しいと決められている様に作品が置かれていく。
「もっと奇麗に置けよ」
誰かに声をかけられて不満に思ったが、そのまま変えることはなかった。
片付けも終りかけた頃、前の方から2人の女性が来た。
黒髪で長髪の20代半位の女性と、少し色を明るくしたショートヘアーで30代位の黒緑メガネが良く似合い、大人の魅力にあふれた女性だった。メガネの女性は、長身で茶色のロングコートが良く似合っていた。
メガネの女性に声をかけられる。
「 私、次の春にアメリカに旅立ってしまうから、今日か会えるの最後だから受け取って欲しい」
そう言いながら2つの茶色い紙袋を私に差し出して来た。
見た目以上の重さがある。カランカランと神社の鈴の様な音も聞こえる。
同意を得て、袋の中身を取り出した。
1つは茶色い20センチメートル位の大きな鈴だった。
陶器製の様な見た目をしていて、重さと音の正体はこの鈴によるものだった。
もう一つは、お礼より短い木の板と、真っ直ぐな長さはそれぞれ異なるがだいたい10センチメートル位の細い針金が数本と、小さい子ブタのぬいぐるみや赤い屋根の家が出てきた。
「組み立ててあげるよ」
長髪の女性が言い、木の板の上に垂直に針金を立てて、それに子ブタやカラフルなワタを差し込む様にして組み立てていく。
それを見て、メガネの女性も組み立てを手伝い始めた。
2人は、とても悲しそうに、ていねいに、組み立てるから、それを見ているいる私もなぜか悲しくなった。
明確に聞いた訳ではないけれど、私には何もしなければ、もう二度とメガネの女性に会えないということを知っていた。
この組み立ての時間が、かけがえのない別れの時間となることも分かっていた。
終って欲しくはなかった。
けど、直ぐ組み立て終ってしまった。
お土産コーナーにある様な、ファンタジーでカラフルなジオラマの様な置き物が作られていた。
「じゃあ、元気でね」
メガネの女性が私と軽く指先だけで握手をしながら別れの言葉を言った。
メガネの女性は、ほほえんで小さく手を振ってくれる。
私は何かを伝えた気がする。伝えようとはした。口も開けた。けれども、声が出たのか、出ても届いていたのかは分からない。
メガネの女性は振り返らずにゆっくりと教室から出ていった。
私の手の中にある2つのプレゼントは、私にとって大切な宝物に思えていた。

4

目が覚めてもまだ外は暗かった。多分、朝の4時頃だろう。
半分位は夢を覚えている感覚がある。
私をとても大きな喪失感が包んでいた。この喪失感は悪いものではなく、感動をする長編小説を読んだ後の様な満足感もある。
長髪の女性は誰なのかは分かった。
他の教室に居た人達も、中学から今までに出会った人達だった。
でも、メガネの女性だけは知らない。
高校の女子バスケの女の子でもない気がする。
私の記憶の中には当てはまる人物は居な かった。
それでも、渡されたプレゼントは私が求めている物として存在し、この女性の気持ちがそこから伝ってくる様な気がしている。
この女性が渡した物だからこそ、そう思い込んでいるのかもしれないが。
私は、またこの女性に会いたいし、会って楽しく幸せな時間を共に過ごしたいと思えていた。
少なくとも、この女性に認められることを望んでいる自分が居る。
私は現在、やるべき準備は全て終わらしてただ待つだけの時間を過ごしている。
待つだけの人生にも意味はある、とどこかで聞いたことがある。
私はこの時間を糧とすることが出来るのだろうか。
様々な望みや、やりたいことはあるが、私の夢は何だろうか。
振り返った時に良い夢だったと思える様でありたい。
この時間帯は、楽な姿勢をとるといつも直ぐに眠りにつくことが出来る。
何度か寝返りを打って良い位置を探した。

そして、私は今日最後の夢を見る。

作品ジャンル

小説

展示年

2024

応募部門

課題作品部門「日常」

作品説明

この作品はフィクションです。(名前以外) 検察が裁判に証拠品を持って来るのを忘れることすら実話です。令和5年は、証拠品の捏造や取調べ中の不手際、再審等のニュースがありました。実際に、この世界に触れると、こうした事柄が何も無いことの方がめずらしいのが現状です。ですが、不正をしても怒られるだけで罰せられることは先ずありません。報道が出るからと、家族と自殺をしようとした人も、元となった報道が何か罰を受けることはありませんでした。 もちろん、自分達の悪い所もあります。 ですが、こうした現実は自分達の立ち場の弱さを実感させます。私は過去の犯罪のニュースの存在を隠すことなく就職し、社長には認められたのですが、入社後、半月でニュースを知った幹部の反対によりクビになりました。それでも、かわいそうとフリーランスとして、社長が仕事を回してはくれましたが、立場の弱さを実感していました。 現在、ほぼ毎日、夢を見ます。私は今、何を思い、考えているのでしょうか。誰か、分析をしていただけたら幸いです。やりたい事、望みはいくつもあります。ただ、目標という夢となると、現実の立場の弱さが辛く出てきます。独りで耐えるのは限界があります。 私は人と接するとき、先ず何よりも理解者であろうと思っています。自分のことも理解できればと思い、令和5年の年末の1日をそのまま切り取りました。校正も自ら行ったので誤字等あれば申し訳ありません。

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