作品タイトル
あなたへ
作者
愁
作品本文
あなたへ
そっちの世界はどう?
こっちの世界は相変わらず狂った腐ったままだろうね。俺も時々そう思うし、嫌になる。それなのになんだかんだあれから20年も生きてしまった。あんなに死ぬことを望んでいたし、ずっと自分は生きていていいのだろうか?と自問してきた。答えは自分では出せない。
あなたの母親の自殺に気付けなかった、止められなかったこと。あなたを一人で死なせてしまったこと。あなたの義父・義兄を殺せていないこと。ずっと俺の罪だと思ってる。出会うまで1年間各々があれだけの絶望を抱え、死に場所を求めてた中で出会えて、それから約2年半だったけど一緒にいれて、お互いだけが全てを知る唯一の人で一番の理解者だった。二人でいれば大丈夫だって思ってたけど高二の俺と中一のあなたにはとても手に負えない絶望だったと思う。誰かに「助けて」を言える訳もない。それだけのことをあの人たちにされたのだから。余裕も信頼もある訳ない。「この世界は狂ってる。腐ってる」ってあなたが言い続けた言葉が、あの頃の二人の答えだった。逮捕されて初めてあなた以外に野球っていう人生の全てだった夢も希望も先輩と顧問に奪われ、もみ消されたこと、死のうとしたこと、そして、小6のあなたがあの人たちにされたこと、あなたとのこと、死別したこと、あなたの義父・義兄を殺そうとしたこと全て話したんだ。あなたが死んでしまって、何度もマンションの手すりに座って飛ぶ半歩手前までいったことも。そんな俺に母親は、「生きててよかった。これからは一緒に背負って生きていこう。」って言ってくれたんだ。その時、時間が動き出した気がした。もっと早く話していればあなたを救うことができたのだろうかと思う。事件も起きていなかったかもしれないと思う。
あなたとした「一緒に死のう」って約束は、まだ先になりそう。俺に生きていいっていう人がいるなら、生きられるまで生きてみようと思う。
あの頃の俺はあなたがいないと生きられるか不安で恐かったけど、20年前のあの暗闇の中を思えば、あれ以上の苦しみも辛さも、悲しみも寂しさもある訳がない。仮にあっても今の俺ならどうせなんとかする。今はそれだけの強さを持ったから安心してよ。あなたのことだから、そっちの世界に行ってから、こっちの世界には背を向けて知らぬ顔なんだろうけどあなたの生きたかったはずの未来を俺が見てくるから、そっちに行ったら、聞いてよ。
この届かない手紙を書こうと思ったのは、「刑務所アート展」っていうのを知って、「たった一人に向けた匿名の手紙」を書くってのがあってさ、もう少しで俺の受刑生活も終わるタイミング・新たな人生を歩き出すタイミングで、何よりもあなたと出会って20年目の節目だったから、すぐにこれはあなたに手紙を出さなければいけないと思ったんだ。
それは、俺自身の気持ちの整理の意味もあるけど、あの頃の俺とあなたに手を差し伸べたかった。あの頃の俺とあなたの見ていた世界を少しでも多くの人に知ってもらい たかった。そして同じような目に遭っている人をちゃんと見てあげてほしい、関心を持って「大丈夫」って手を握ってあげてほしいと思った。俺たちがそうしてほしかったように。勝手に決めてごめんな。
今の俺から見る世界は、相変わらず人は裏切るものだし、人の足を引っぱろうとする人はいる。これは真実で何もあの頃と変わらない。俺たちにはわかりきった話しだよな。でも、そうじゃない人もいるって思えることもある。一部の人だけだけどな。
それも、真実だよ。
人を傷つけて刑務所にいる俺もあの人たちと同じで、そんな俺が言えることじゃないけど、やっぱりあの経験上狂ってる腐ってると思ってる。
ある人が俺とあなたの話しを聞いて「その人たちは、神様からバチが与えられてると思う」って言ってた。きっとそのある人は悪気はないし、俺たちを思って言ったんだと思うけど、神様を信じられるだけ、この人はマシで、幸せなんだと思ってしまった。もしかしたら、その人も神様を信じないとやってられない大きなものを抱えていたのかもしれないけど、それでも信じる心があるだけいいのかも。俺は、神様ってのがいるなら何故あなたを守ってくれなかったのかと思うしあなたを見殺しにした神様ならいらないし、俺からすれば敵だよ。でも、本当に一番許せないのは、自分自身なんだ。あなたに対する罪も、自分の犯した罪も俺は許さない。
だから、これは約束。
俺がこの先何年生きるかわからないけど、いつもあなたを忘れないし、俺の罪も忘れない。
生きることを諦めて、死ぬことを望んだけど、生きるという道を示してくれた家族ともう一度だけ生きられるまで生きるよ。生きる価値も、生きる権理もない俺に、家族が示してくれた答えが生きることだから。
死にたい俺にとって生きることが最大の罰だと思う。もしかしたら俺もあなたと一緒で生きたいと思ってるのかな。わからないけど。
言ってることがブレてるな。知ってるよ。でも、あの頃を思い出して正気を保つのは、簡単じゃない。わかるでしょ?
それでもこれだけは本音。
助けられなくて、一人で死なせてしまってごめん。あなたと出会えてよかったし、今でも一番の理解者だと思ってる。ありがとう。
これだけでもあなたに届いてほしい。いつかまた会えたら、今度は直接伝えるから、それまで見守ってて下さい。またな。
作品ジャンル
手紙
展示年
2025
応募部門
テーマ部門①「あなたへ」
作品説明
私が高二、彼女は中一に私たちは出会いました。その出会いの一年前私は先輩からバットなどで殴られる日々で顧問に見つかり怒られた先輩は私の肩をフルスイングし私は野球ができなくなった。顧問は野球ができない私より先輩をかばい「そんな事実はない」ともみ消したあげく「逃げるお前なんかに一生何かをなしとげられない」と言った。
彼女が小6の時義兄にレイプされた。義父は「風呂に一緒に入れ」と強制した。それ以外にも自分の社員を彼女を差し出そうとした。
身近な大人に裏切られ、夢も希望も失い絶望の中で、私たちは出会った。二人とも死にたかった。その約二年半後彼女は病気で死んでしまった。私は自暴自棄になり、自分がよくわからなくなり、犯罪行為を繰り返し逮捕された。私が事件を起こしたきっかけは、ここからはじまった。出所が近くなって気持ちの整理をしようと思ったこと、あの頃の私たちの見ていた世界を知ってほしい、同じような目に遭っている人に手を差し伸べてあげてほしい、私自身、自分の手で、あの頃の私たちに手を差し伸べたいと思った。
自分の弱さと向き合い、前に進むために。