与えられた時間 – らんぱぱ

作品タイトル

与えられた時間

作者

らんぱぱ

作品本文

自由な時間の代わりに、強制的な労働を課し、拘禁する。これが懲役刑である。誰もが懲役とは時間を奪われるものだと思っている。奪われるためには予め自分で持っていることが必要だけれど、果たして本当に自分は自由な時間というものを持っていたのだろうか。主体的に、責任を持って、時間と向き合っていたのだろうか、と私はふと気付かされる。
刑務所では、嫌でも時間というものの重さと向き合わなければならない。誰もが一度は目が覚めたら1年、あるいは2年経っていないかな、という夢想に耽るものだ。アインシュタインの言をまつまでもなく、この中で流れる時間というのは外で流れる時間よりもだいぶのっぺりしている。それは誰もが時の経過を待っているからだ。これは自分で時間を持っているとは、お世辞にも言えない。しかしよく考えてみると、これまでも自分は、塀の中にいない時でさえ、ただ自分が自由であると思い込んできただけで、その実、自分の意思によって主体的に生きたことなどなかったのではないか。そうだとしたらこの時間の歩みを軽やかなものとするには、時間は奪われたのだという発想から、与えられたのだという発想へ、待つという姿勢から、持ち来たらすという姿勢へ、転換してみたらどうだろうか。
結論から言うと、私の仮説は当たっていた。
ただ、漫然と過ごす日々から、小さな旅程、目標(資格取得、読書)を持って主体的に自分の時間を使うことで、一日一日があっという間に過ぎて行くようになった。今では、待つどころか、時間を引き止めることに必死の毎日である。
私の時間は私だけのものでもない。私の帰りを待ってくれている妻と幼い娘からも、大切な時間を与えられている。一分一秒も無為に消費してはならないとは常に自戒しているところである。自分の時間を生きることは、他人の時間を生きることであると気付くことで、責任も湧いてくる。私の更生は、このように時間と向き合う中で始まったのである。
今がとても貴い瞬間の到来であるから、これからはもっと貴重で大切な時間を生きていくことになるだろうと希望している。そして、そうした貴い時間を、妻と幼い娘にも取り戻してあげることも、今では私の大切な役目なのである。

作品ジャンル

エッセイ

展示年

2023

応募部門

課題作品部門

作品説明

自身の経験から、塀の中での意識のあり方、姿勢について 考え、実践してきたことを表現してみました。ただ 流れを追うのではなく、果たして自分は主体的な、責任のある時間を生きてきたのかについて改めて自分に 問いながら書きました。外の人にも中の人にも何かしら参考になることがあれば良いと思います。

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