亡くなってしまったあなたえ-あさみ

2024年12月31日。今日であなたが 亡くなって19年となります。私とわかれても手放さなかった2人の子供も30才、28才となりました。出来るものなら私とあなたの命を取り替えたかったという思いは今でもかわりません。あの後2週間後に私は車の事故をし、入院し保険金を受け取り子供にお金を送り続け、1年後親権を自分のものとし3人で住みはじめました。この19年間の間、半分は刑務所にいるという位私はおかしくなり覚せい剤にますます依存してしまっています。 あなたも同じく昔から依存者だった… わたしは子供ができ一時的に薬物を断ちましたがあなたに辞めさせようとした事さえ侮いています。今、もしあなたが生きていて子供達を見たらどれだけ幸せなのだろう。私とそっくりな息子、貴方とそっくりな娘。それぞれ自分の道を独立して歩んでいます。

子供の姿があなたに重なり辛くなったり精神がゆさぶられながら19年がたちました。社会にいる時の命日には亡くなった場所に花、タバコ、コーヒー、ビール 好みのめいがらのものを供えにいきます。あるときは「パケにロキソニン3つを空の色水色の封筒に」 あるときは「せんこう3本を注射器の包み方でちり紙に包み巻いておいてきたり」…(笑) これらは私一人の秘密です。子供も知らない間にあの場所で亡くなった貴男を忍んでよなよなたたずみ、私の車が行くとパトカーが表れるようになるほどでした。法律で裁けない罪の事をどれほど考えただろう位、考えました。欲を出して生きないと人間らしく生きられないとわかってはいます。あなたは私を全面信じてくれたそのくもりない事実は忘れません。 私が悪いし言葉にできない沢山の思い今、刑務所にいますが起きてしまった事の結果はやり直しのできない事もあると心の隅はずうっーとどんよりしています。

二人だけの絆、何も言わなくても通じあっていた事は多々あります。沢山の思い出もあります。私のような経験をした人も世の中にいるのでしょうね。色々と精神的に痛みながらも命の重さをしかと感じた故に私は生きているという事実をかみしめて年月を重ねていきます。いつもびしっとしていたあなたの目から見て恥しくない私でなくてはとやっとここ何年か思えるようになりました。 そして生きている以上は前向きになろうと努めます。刑務所(ここ)にもう来ない為に必要な何かに対する欲、誰かの為にという誰かとの出会いのようなものを子供達の成長を見守る事の他に求めたいです。 どうして意識がとび入院したほど精神がおかしくなり、今も続く20年近くの幻聴があるのにここ12年位の9年位4回目の懲役、係になったり経理工場になったり毎回良い立ち位置になるのかわかりません。もしあなたが刑務所へ行ってたら長生きできたかもとさえ…

とキリがなくもしかして…もしと考えてしまいます。19年間、心にあった事をうまく言葉にできませんが人に言葉にして伝えた事もなくこのように紙面にしたのもはじめてです。今回このような機会を与えてくれてありがたく思います。 ここに記す事で私を好きになってくれた32年間の短い一生のあなた。少しでも存在を誰かに知ってもらえたら嬉しいです。 ごめんなさい。そしてありがとう。 私が認知症になっても忘れないでいたいです。心の特等地に永遠に住んで下さい 2024年12月31日

作品タイトル

亡くなってしまったあなたえ

作者

あさみ

作品本文

2024年12月31日。今日であなたが 亡くなって19年となります。私とわかれても手放さなかった2人の子供も30才、28才となりました。出来るものなら私とあなたの命を取り替えたかったという思いは今でもかわりません。あの後2週間後に私は車の事故をし、入院し保険金を受け取り子供にお金を送り続け、1年後親権を自分のものとし3人で住みはじめました。この19年間の間、半分は刑務所にいるという位私はおかしくなり覚せい剤にますます依存してしまっています。
あなたも同じく昔から依存者だった…
わたしは子供ができ一時的に薬物を断ちましたがあなたに辞めさせようとした事さえ侮いています。今、もしあなたが生きていて子供達を見たらどれだけ幸せなのだろう。私とそっくりな息子、貴方とそっくりな娘。それぞれ自分の道を独立して歩んでいます。
子供の姿があなたに重なり辛くなったり精神がゆさぶられながら19年がたちました。社会にいる時の命日には亡くなった場所に花、タバコ、コーヒー、ビール 好みのめいがらのものを供えにいきます。あるときは「パケにロキソニン3つを空の色水色の封筒に」 あるときは「せんこう3本を注射器の包み方でちり紙に包み巻いておいてきたり」…(笑)
これらは私一人の秘密です。子供も知らない間にあの場所で亡くなった貴男を忍んでよなよなたたずみ、私の車が行くとパトカーが表れるようになるほどでした。法律で裁けない罪の事をどれほど考えただろう位、考えました。欲を出して生きないと人間らしく生きられないとわかってはいます。あなたは私を全面信じてくれたそのくもりない事実は忘れません。
私が悪いし言葉にできない沢山の思い今、刑務所にいますが起きてしまった事の結果はやり直しのできない事もあると心の隅はずうっーとどんよりしています。
二人だけの絆、何も言わなくても通じあっていた事は多々あります。沢山の思い出もあります。私のような経験をした人も世の中にいるのでしょうね。色々と精神的に痛みながらも命の重さをしかと感じた故に私は生きているという事実をかみしめて年月を重ねていきます。いつもびしっとしていたあなたの目から見て恥しくない私でなくてはとやっとここ何年か思えるようになりました。
そして生きている以上は前向きになろうと努めます。刑務所(ここ)にもう来ない為に必要な何かに対する欲、誰かの為にという誰かとの出会いのようなものを子供達の成長を見守る事の他に求めたいです。
どうして意識がとび入院したほど精神がおかしくなり、今も続く20年近くの幻聴があるのにここ12年位の9年位4回目の懲役、係になったり経理工場になったり毎回良い立ち位置になるのかわかりません。もしあなたが刑務所へ行ってたら長生きできたかもとさえ…とキリがなくもしかして…もしと考えてしまいます。19年間、心にあった事をうまく言葉にできませんが人に言葉にして伝えた事もなくこのように紙面にしたのもはじめてです。今回このような機会を与えてくれてありがたく思います。
ここに記す事で私を好きになってくれた32年間の短い一生のあなた。少しでも存在を誰かに知ってもらえたら嬉しいです。
ごめんなさい。そしてありがとう。 私が認知症になっても忘れないでいたいです。心の特等地に永遠に住んで下さい。

2024年12月31日

作品ジャンル

手紙

展示年

2025

応募部門

テーマ部門①「あなたへ」

作品説明

2005年12月31日が命日の元だんなへ向けてです。この日までにあった出来事。この日から先に知った事 起きている現実も夢のようです。これが記録となると意識し応募しました。

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