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    PAC 刑務所アート 公式サイト

    Prison Arts Connections > 2025年

    2025

    • 求めなさい。そうすれば与えられる。  探しなさい。そうすれば見つかる。  門をたたきなさい。そうすれば開かれる。  誰でも、求める者は受け、探す者は見つけ、  門をたたく者には開かれる。       マタイによる福音書  私は中学校時代から学校と勉強が嫌いだったのですが、どうにかお情けで中学校を卒業すると、ひとりで上京して善悪の区別もできな15歳の子供が大人ぶって好き勝手に遊び呆け、17歳の夏に大罪を犯してしまったのです。  そして、18歳の少年で15年の確定判決を受けた時に「私の人生は終った」と思いました。  時は過ぎ去り、3度目の懲役で無期懲役 になって〇〇のLB刑務所に服役し、39歳から50歳までは無事故で務めましたが、母が病気で亡くなって天涯孤独になり、身元引受人も無く獄死を覚悟したのです。どうでも良くなり自分の好き嫌いが態度に出て職員さんと

      無期受刑者の挑戦-荒野雄光

    • 「あなたへ」 荒野雄光  私は無期懲役囚になって服役し、31年目になります。身長168センチ、体重58キロ。極めて健康な体であり、令和7年3月に〇〇高校の通信制を古希で卒業します。  これまで生きて来て多くの方々に大変なご迷惑をかけてきましたので、残りの人生はあなたのために使いたいのです。私はあなたの役にたつならば、喜んで楽しく生きて行けると思うのです。  あなたの足が不自由なら私があなたを背追って歩き、あなたの目が不自由ならば私があなたとふたり分見るようにし、あなたの腎臓が不自由ならば2つある私の内の1つを差し上げます。私はあなたの役にたてれば本望なのです。  あなたは私に寄り添い、私はあなたと二人三脚で生きられることがとても嬉しいのです。  これまでずっとひとりで生きてきましたが、実は多くの方々に助けられ支援されて生かされていたのだと知り、これからはあなたと共に生きることが私の願いなのです。

      「あなたへ」-荒野雄光

    • 私が思う事をあなたへ伝えたい。ムショの特に無期囚についてだが、無期囚は老人なれば認知症なり、体も不自由になって、強制労働も出来なくなる。悔悟の念も忘れ、更生してないとして出れぬ。80歳以上も出れず、半世紀強労させ続け、若年時の努力は老年時に成績下がって出れなくなる。職員による雅推などによって仮釈放に向けた委員面接直前後に不当懲罰受ければ余計出れなくなる。有期囚の生命犯は反省もなく、不正反則何度しても出れるし、暴行して事件送致になっても半年程伸びても必ず出れる。無期囚がケンカなどすればほぼ永久投獄が黙契されてしまう。努力しても報われぬこのシステムは非人道的で、死ぬ事も生きる事も出来ない。熊本刑務所で数年前、60年務めて出た無期いるが、認知症で己の罪も忘れているのに出てTVでやっていたが、茶番劇臭い。無期刑は不定期刑の如く一定期後に有期化の審査し、有期したら無期には戻さぬよう、安全保障と希望願う。 以上

      あなたへ-除悪

    • 今日であなたは、新しい人生へと歩んでゆく。 思い起こせば、あなたたちから身を引いてから、一度とて父親としてあなたに何もしてあげることができなかった。 それだけが悔やんでならないのです。 あなたに会ったのは、まだ生後3ヵ月にも満たない赤ん坊で、アクリル板に区切られた向こう側の対面が最初で最後のわずか30分程の逢瀬でした。あなたに触れることもできず、 一度も抱くことさえ叶わぬままの辛い別れでした。 父の存在を知らないまま育ってきたあなた。父が居ないという疑問を抱きながらそれを母に問い質すことはタブーだと思っていたんでしょうね。真実を知ることが怖かったんでしょうね。 あなたを女手ひとつで育ててくれた母を立派に支え孝行してくれた、立派に成長してくれた。ありがとう。 私は親として、忠告する権利もなければ、身内としての資格も失った今、許してくれとも云えません。 だけど分かってほしい。あなたは私の一番の宝物です。 長年、 あなたには本当に寂しい思いをさせた。私はそんなあなたを父としてちゃんと支えてあげることができなかった。 ごめんね!

      あなたへ-ハイブリッジ

    • そっちの世界はどう? こっちの世界は相変わらず狂った腐ったままだろうね。俺も時々そう思うし、嫌になる。それなのになんだかんだあれから20年も生きてしまった。あんなに死ぬことを望んでいたし、ずっと自分は生きていていいのだろうか?と自問してきた。答えは自分では出せない。 あなたの母親の自殺に気付けなかった、止められなかったこと。あなたを一人で死なせてしまったこと。あなたの義父・義兄を殺せていないこと。ずっと俺の罪だと思ってる。出会うまで1年間各々があれだけの絶望を抱え、死に場所を求めてた中で出会えて、それから約2年半だったけど一緒にいれて、お互いだけが全てを知る唯一の人で一番の理解者だった。二人でいれば大丈夫だって思ってたけど高二の俺と中一のあなたにはとても手に負えない絶望だったと思う。誰かに「助けて」を言える訳もない。それだけのことをあの人たちにされたのだから。余裕も信頼もある訳ない。「この世界は狂ってる。腐ってる」ってあなたが言い続けた言葉が、あの頃の二人の答えだった。逮捕されて初めてあなた以外に野球っていう人生の全てだった夢も希望も先輩と顧問に奪われ、もみ消されたこと、死のうとしたこと、そして、小6のあなたがあの人たちにされたこと、あなたとのこと、死別したこと、あなたの義父・義兄を殺そうとしたこと全て話したんだ。あなたが死んでしまって、何度もマンションの手すりに座って飛ぶ半歩手前までいったことも。そんな俺に母親は、「生きててよかった。これからは一緒に背負って生きていこう。」って言ってくれたんだ。その時、時間が動き出した気がした。もっと早く話していればあなたを救うことができたのだろうかと思う。事件も起きていなかったかもしれないと思う。

      あなたへ-愁

    • 当時流行っていた出会い系。一人で会うのが不安だからと言う友人に、付き添って来たのがあなたでした。郊外にあるコンビニで待ち合わせて駐車場に車を停めると店内にはあなた達のみ。一応着いたとメールを送り合流。てかどうやって来たの? あいさつもそこそこにとりあえず車に乗ってもらい出発。あてもなく車を走らせながらの自己紹介という儀式の最中に、突然あなたは、私の事を知ってると言い出しました。 陸に顔すら見れてない状況で誰だっけ?と困惑している私に構わず"あの時はありがとうございました。あの後ちゃんとお礼も言えず、そのままになってしまい申し訳ありませんでした"と、ていねいに謝られてしまう。 話が全く見えない。人違いじゃないの?と確認をしても間違いなく私だという。その自信はどこから来るのだろう? 運転どころではなくなって来たので、落ち着ける場所へ車を停め、改めて話を聞くとバイト先の大事な書類を配達する途中に、その書類が風で飛ばされ四散してしまい一部が行方知れずに。必死に捜していた時、近くにいた私に「書類を見掛けませんでしたか?」と声を掛けた所、人手を募って一勢に捜してくれ、近くの用水路にまで入り捜してくれたけど結局、見つからず、バイト先からは叱られたし、後日私を捜したけど、見つけることが出来ず、名前もわからないままだったという。  そこまで話を聞いてやっと思い出した鈍感な私。けど何年前の話?どうりでわからない訳だ。(ありがとう昔の自分) あの後どうしたの?とか友人さんを置き去りにしたまま、2人で盛り上がり

      あなたへ-炙り mirra

    • 誰も見向きなどしない所なのに 無償の善意で毎月手紙や書物を届けて下さる方々。そしてNPO法人のスタッフやボランティア諸氏の清き支援と友愛のお心  あなたと同じ心をもつ人々のおかげで 私は学び知ることが出来ました。  そして 確りと聖書を手にすることも出来たのです。 あなたは安心してくれましたか。今の私に。  聖書では 「お前たちは、わたしについてわたしの僕ヨブのように正しく語らなかったからだ」(ヨブ記 42.7)  ここを読んだ瞬間でした。 私の力なく渇ききった目から涙があふれたのです。そして狭い独房の中が明るくなる感覚に包まれ 渇ききった目から涙があふれた そして狭い独房の中が明るくなる感覚に包まれ 心が満された思いがしました  不思議なことだと感じました。そして、

      光の中で-プリズム

    • 前略 あなたへ 肌寒い秋の夜、警察署の無機質な廊下で、私の足に 泣きじゃくりながらしがみつくあなたと離ればなれになって早10年。この10年という節目にこうやってあなたに手紙を書く機会に恵まれて、私は本当に嬉しいです。でも、それと同時に怖さ、とは少し違うのだけど、何か心の中の葛藤のようなものと慎重に対話しなければならない現実に辟易しています。私は相変わらず、あの頃の心の弱い人間のままなのです。こうして筆を進めている今でも、「パパ行かないで」と必死に訴えるあなたの声や表情が鮮明に思い起こされて手が震えてしまう程弱いまま。 あの時、あなたは4才になったばかりだったから今はもう中学生になっているのですね。引きとられた児相から里親の所へ預けられたと聞いているので、学校へは行けて良かった。 中学は楽しいですか? 今時はやはり、Tik Tokやインスタなどで色々な人と繋がって遊ぶのでしょうか。あなたは明るい性格だったから、きっとたくさん友達がいるのでしょうね。 勉強は大変ですか? 私も、あなたの母も、勉強はけっして得意な方ではなかったので、もしかしたらあなたも苦戦しているかもしれませんね。でも、きっと大丈夫。少しずつ、自分の

      あなたへ-パンタ・レイ

    • 大好きなあなた、私の事件後あなたは私のせいでとんでもない苦しみ、悲しみつらい思いをしたと思う。 それなのにこんな私に手紙をくれたり、面会に来ては、笑顔で近況や昔話を。そして私が一番、涙したのは、私の誕生日に ケーキに誕生日おめでとうと書いてありローソクには火が、その写真を送ってきてくれる。なぜ、なぜそんなに優しくできる? なぜ、私の事を許してくれる? 私だったら憎んでしまうと思う 私の事で学校で会社でもイジメにあってつらい思いばかりしてきただろう。なぜ、なぜ私は、あなたの人生をも、変えてしまったのに でも、そんな大きな優しさ、大きな愛を持つあなたの事を私は誇りに思う。 私が言える事ではないですがどうか どうか幸せになってくれ、私も出所すれば、 やれる事は全力でサポートする。 いや、させてくれ

      あなたへ-博多っ子

    • あなたのいない世界は色がない。 真っ暗でほんの少し先も見えなくて、僕には歩ける場所じゃなかった。 足の動かし方すら、わからなくなってしまった。 生きていたくない。 もう何もしたくない。 だって、僕の世界にはあなたがいないから。 日々の憂鬱なんて、あなたがいてくれれば問題じゃなかった。 だけど今の僕には、それを跳ね除けるパワーがない。 何を頑張ったって、もはやなんの意味もない。 僕の生きる指標はあなただった。 たとえ、 あなたが側にいて僕の前で輝いてくれるだけで僕の人生は救われた。 あなたがいない。 救いは永劫こない。 毎晩、あなたのことを想いながら眠りにつき、 翌朝、あなたのいない世界に戻ってきてしまったことに絶望する。 悪い夢なら覚めてほしいと願い いつつ、

      あなたへ-優叶<Yuu>

    • 初めまして、私は未来の51歳となっている貴方です。  今度は貴方が人生での分岐点となるような場面において何度も間違った選択の決断をしてきた状態へとなってしまい、未来の貴方が自身の歩んできていた人生を顧みてきた際に色々と後悔などをしてしまうような経験をしていく事へとなっていき、一つの選択においての判断ミスから負の連鎖が続いていく状態へとなってしま って、貴方が希望にあふれた人生を歩んでいく事もできるような機会がある状態を潰してしまうような状況へとなっていく事とは私としても大変に残念な事であり、とても悲しい事であると思い考えたもので、是非とも貴方には私の老婆心での思いとして物事を様々な視点から慎重に思い考えていきながら、人生での分岐点へとなるような場面では冷静に選択の決断をしていくようにして貰いたいと言う願いを込めまして、この手紙を書いていく事と致しました。  12歳の貴方は両親達より長く受け続けてきていた暴力的虐待・性的虐待からは一日も早く解放されたくて、両親の下から逃避をしていきたいとすごく思い悩んできていた状態へとなってきていたも ので、貴方は折角のスポーツ特待生として大学までの全ての費用負担が免除されていくような条件にて私立中学校へと推薦入学で進学をしていく事ができるようになっていた話も決定してきている状態へとなってきているのに、今の彼方はそんな希望のあふれている幸福な人生を歩んでいく事ができるような将来が約束されてき

      「貴方へ」-海峡のポラリス

    • 私が今頃になって貴女へとこのような手紙を書いていこうとしていくような心境の変化が私に起きてしまっているのか?との思いがして私自身でも不思議に感じてきてはいるのですが、私の方としてもこの機会に貴女へと以前から聞いておきたいと思い考えてきていた事柄がありましたもので、貴女には是非とも私へと率直に思い考えてきている事柄を教えていただきたいですし、私自身でも長く思い考えてきていた事柄も貴女へと率直に伝えていきたいとも思い考えてきているのです。  貴女は私が幼い頃から私への躾の一環との名目で私に理不尽とも言えるような暴力的虐待や性的虐待を執拗に与え続けてきていた状態ではありましたが幼かった私とは貴女にとっては愛情を注いでいくべき存在であると見做されてきていたのでしょうか?  貴女は幼かった私へと愛情を注いでいくべき存在であるとは見做してきてはいなくて、私には躾の一環との名目で本当は貴女の欲望を満たす捌け口へとしていくためだけに理不尽とも言えるような暴力的虐待や性的虐待を私に与え続けてきていた状態ではありましたが、幼かった私はどうして貴方にとっての憎悪の対象となってしまうような存在へとなっていく理由とは幼かった私にはどのような原因があったのでしょうか。  貴女は世間的には息子である私の将来を案じて健気に息子の私とは2人3脚となって、貴女が熱心に私を文武両道のスポーツ競技

      貴女へ-海峡のポラリス

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